「は、はい……」
障子窓を背にして正一郎があぐらを組み、大吉は入口側に座らされる。
茶もなければ、座布団もなし。
正座ではなく足を崩して座ったのは、堂々としなければとの思いからだ。
一方、左門は、大吉の横に立ったままである。
「座らないんですか?」と大吉が問いかければ、「膝が出る」と言われた。
思い返してみると、左門が椅子のない場所に座っているのを見たことがない。
左門の屋敷も浪漫亭も全室が洋間であるため、それを不思議に思ったことはなかったが、できるだけ床に座らないようにしているようだ。
ズボンの型崩れを心配するというところが、左門らしいと大吉は妙に納得していた。
「では話しましょう」
ステッキは玄関に置いてきたので、帽子のみを片手で遊ばせつつ、左門は説明する。
浪漫亭に来店した君枝が突然泣き出したことや、なにを思ってひとりでライスカレーを食べていたのかということを。
大吉が君枝を送り届けたのは、コック長に命じられたためであるという話も、簡潔明瞭に話して聞かせた。
それは浪漫亭で大吉が言った内容そのままなのだが、左門が話すと理路整然としているためか、それとも紳士的で知識人のような見た目がそうさせるのか、やけに説得力がある。
拍子抜けするほどあっさりと誤解は解け、それまでの横暴な態度から一転して、正一郎が畳に両手をついた。
「そうだったのですか……。とんだ勘違いをして殴ってしまった。大変申し訳ない。どうか許してください」
「許すか?」と左門に問われた大吉は、大きく頷く。
単純思考なので、大の大人を謝らせたことに気分を良くし、偉くなった気にもなっている。
「頬はそれほど痛くありません。わかってもらえたなら、僕のことはもういいです。それより、謝る相手がもうひとりいるのではありませんか?」
得意顔の大吉に指摘され、顔を上げた正一郎は妻を見た。