「そ、それは、そうかもしれませんけど、報酬があるなら僕だって――」
「君がいなくては、中江正一郎に謝らせることができない。なんのためにここへ来たと思っているのだ」
「え……?」
てっきり謎解き目的のみでの訪問かと思っていたので、大吉は目を瞬かせる。
謝らせるということは、殴られたことに対し、どうやら左門も怒りを抱えていたようである。
「左門さんが、僕のために……」
冷たいと思っていた人がたまに見せる優しさは、余計に感動するものである。
大吉の胸には喜びがじわりと広がり、一円札などどうでもいいとさえ思った。
しかしながら、玄関の引き戸前で足を止めた左門に、余計な言葉を付け足される。
「コック服を着た大吉を殴るということは、浪漫亭のオーナーである私を侮辱したも同然だ。謝罪はさせねばならない。私の名誉を守るためにな」
つまりは大吉を思いやっての怒りではないようで、うっかり喜んでしまった分、大吉は大きく肩を落とした。
(左門さんにも優しさがあるのかと思った、僕が馬鹿だった……)
真後ろに立つ大吉の落胆は伝わらず、左門が玄関の引き戸を開けた。
ごめんくださいと声をかける前に、奥から中年の男が出てくる。
詰襟のシャツに毛羽立った茶色のズボン。
お役所仕事に似合わぬがっしりとした体型で、七三分けした髪にエラの張った顔立ちの男は、中江正一郎だ。
左門の後ろに隠れている大吉は、目だけを覗かせており、正一郎はまだ大吉の存在に気づいていない様子である。
下駄をつっかけて玄関の土間に下り立った正一郎は、まずは門前に止められている自動車に目を遣り、騒々しさの理由を理解したように頷いた。
それから立派な身なりをしている左門の頭から爪先までに視線を走らせると、「どちら様ですか?」と訝しげに問いかける。
左門は山高帽を脱いで胸に当て、淡白な声で話しだす。
「君がいなくては、中江正一郎に謝らせることができない。なんのためにここへ来たと思っているのだ」
「え……?」
てっきり謎解き目的のみでの訪問かと思っていたので、大吉は目を瞬かせる。
謝らせるということは、殴られたことに対し、どうやら左門も怒りを抱えていたようである。
「左門さんが、僕のために……」
冷たいと思っていた人がたまに見せる優しさは、余計に感動するものである。
大吉の胸には喜びがじわりと広がり、一円札などどうでもいいとさえ思った。
しかしながら、玄関の引き戸前で足を止めた左門に、余計な言葉を付け足される。
「コック服を着た大吉を殴るということは、浪漫亭のオーナーである私を侮辱したも同然だ。謝罪はさせねばならない。私の名誉を守るためにな」
つまりは大吉を思いやっての怒りではないようで、うっかり喜んでしまった分、大吉は大きく肩を落とした。
(左門さんにも優しさがあるのかと思った、僕が馬鹿だった……)
真後ろに立つ大吉の落胆は伝わらず、左門が玄関の引き戸を開けた。
ごめんくださいと声をかける前に、奥から中年の男が出てくる。
詰襟のシャツに毛羽立った茶色のズボン。
お役所仕事に似合わぬがっしりとした体型で、七三分けした髪にエラの張った顔立ちの男は、中江正一郎だ。
左門の後ろに隠れている大吉は、目だけを覗かせており、正一郎はまだ大吉の存在に気づいていない様子である。
下駄をつっかけて玄関の土間に下り立った正一郎は、まずは門前に止められている自動車に目を遣り、騒々しさの理由を理解したように頷いた。
それから立派な身なりをしている左門の頭から爪先までに視線を走らせると、「どちら様ですか?」と訝しげに問いかける。
左門は山高帽を脱いで胸に当て、淡白な声で話しだす。