一度、自宅の屋敷に戻った左門は、格子柄の背広の上着と山高帽を身につけた。
お洒落な紳士の装備品と謳われる、スネークウッドのステッキまでを手にし、大吉を従えて駐車場へ。
磨き抜かれたシルバーゴーストにふたりで乗り込んだら、大吉が先ほど駆け上ったばかりの坂道を、左門の運転で下ることになった。
数分して、恥ずかしい思いをした住宅地の通りに戻ってきた。
細道を半分塞ぐようにして、中江家の門前に停車すれば、近所の子供らがわらわらと寄ってくる。
皆、個人所有の自動車が珍しいのだ。
車から降り立ったふたりに、男児十人ほどが群がり、「乗せて、乗せて」と頼んできた。
それを断ると、ベタベタ車体を触られて、左門の眉間に皺が寄る。
不愉快そうだが、子供相手に叱りつけるのは信条に沿わないらしく、「大吉」と呼ばれた。
子供らを追い払えというのだろう。
(小さな子供は苦手なのか……?)
それならばと仕方なく、大吉が注意する。
「君達、触ってはいけないよ。傷がついたら大変だ。離れて眺めるだけにして」
小学生以上の子供らは、すぐに大吉の言うことを聞いてくれたが、大きな玩具に夢中な幼児は離れてくれない。
車体を手垢まみれにしているひとりを「こら」と叱り、触るのをやめさせても、別の子がドアを開けようとしている。
その子を注意すれば、今度はまた別の子が正面から自動車によじ登ろうとしていた。
大人達は急に現れた高級車と、日本人離れした美々しい紳士を訝しがり、遠巻きに様子を窺うだけである。
「左門さん、駄目です。子供は無敵だ。遠慮という言葉を知らないのです」
大吉が根を上げれば、非難の目を向けられた。
「君も大概、似たようなものだろう」
「僕は注意されたらやめますよ」
無遠慮なのはその通りだが、幼児と一緒にされては心外である。
お洒落な紳士の装備品と謳われる、スネークウッドのステッキまでを手にし、大吉を従えて駐車場へ。
磨き抜かれたシルバーゴーストにふたりで乗り込んだら、大吉が先ほど駆け上ったばかりの坂道を、左門の運転で下ることになった。
数分して、恥ずかしい思いをした住宅地の通りに戻ってきた。
細道を半分塞ぐようにして、中江家の門前に停車すれば、近所の子供らがわらわらと寄ってくる。
皆、個人所有の自動車が珍しいのだ。
車から降り立ったふたりに、男児十人ほどが群がり、「乗せて、乗せて」と頼んできた。
それを断ると、ベタベタ車体を触られて、左門の眉間に皺が寄る。
不愉快そうだが、子供相手に叱りつけるのは信条に沿わないらしく、「大吉」と呼ばれた。
子供らを追い払えというのだろう。
(小さな子供は苦手なのか……?)
それならばと仕方なく、大吉が注意する。
「君達、触ってはいけないよ。傷がついたら大変だ。離れて眺めるだけにして」
小学生以上の子供らは、すぐに大吉の言うことを聞いてくれたが、大きな玩具に夢中な幼児は離れてくれない。
車体を手垢まみれにしているひとりを「こら」と叱り、触るのをやめさせても、別の子がドアを開けようとしている。
その子を注意すれば、今度はまた別の子が正面から自動車によじ登ろうとしていた。
大人達は急に現れた高級車と、日本人離れした美々しい紳士を訝しがり、遠巻きに様子を窺うだけである。
「左門さん、駄目です。子供は無敵だ。遠慮という言葉を知らないのです」
大吉が根を上げれば、非難の目を向けられた。
「君も大概、似たようなものだろう」
「僕は注意されたらやめますよ」
無遠慮なのはその通りだが、幼児と一緒にされては心外である。