「私の夫がこちらに通っているようで、夕食はいらないと言われることが多くなりました。ライスカレーは家でも作ります。ですが、こちらのお料理を食べてみると、比べものになりませんでした。私の手料理が美味しくないから、夫は食べてくれなくなったのだと思うのです。それに気づいたら、悲しくなってしまって……」
せっかく止まりかけていた彼女の涙が、話しているうちに量を増やしてしまった。
コック長の森山は、どうにも手助けできない問題だと言いたげな顔で、帽子を外して頭を掻いている。
穂積も困り顔だ。
「我々は料理の専門家ですから……」との尻切れな返答には、家庭料理と比較する方が間違っているという言葉が続きそうであった。
大吉はムッとしていた。
レストラン通いができるほどの稼ぎがあっても、そのようなことで妻を泣かせる亭主はろくでもない。
(なんて男だ……)
心の中で非難した大吉は、その後に「あっ」と、なにかに気づいたような声を漏らした。
「あの人ですよ。ほら、週に二、三度やって来て、いつもライスカレーを注文するお客さん。昨日も来ていたと思います」
夫人の話から大吉が思い当たったのは、ひとりの男性客。
昨日は午後七時頃に来店し、やはりライスカレーを食べて帰っていった。
少々よれた背広を着て、いけ好かない男だと大吉は感じた。
背広の皺を非難するつもりではなく、顔をしかめて皿を睨みつけ、まずそうに食べるところが嫌な客だと思ったのだ。
年齢は四十歳くらいに見えたので、夫人とはひと回りほどの年の差があるのだろう。
ライスカレーばかり注文する男性客と聞いて、穂積も「ああ」と思い出した様子だ。
呼ばれない限り、厨房から出てこない森山だけが首を傾げていた。
「その人が私の夫の、中江正一郎です」と夫人は肯定し、ため息をつく。
せっかく止まりかけていた彼女の涙が、話しているうちに量を増やしてしまった。
コック長の森山は、どうにも手助けできない問題だと言いたげな顔で、帽子を外して頭を掻いている。
穂積も困り顔だ。
「我々は料理の専門家ですから……」との尻切れな返答には、家庭料理と比較する方が間違っているという言葉が続きそうであった。
大吉はムッとしていた。
レストラン通いができるほどの稼ぎがあっても、そのようなことで妻を泣かせる亭主はろくでもない。
(なんて男だ……)
心の中で非難した大吉は、その後に「あっ」と、なにかに気づいたような声を漏らした。
「あの人ですよ。ほら、週に二、三度やって来て、いつもライスカレーを注文するお客さん。昨日も来ていたと思います」
夫人の話から大吉が思い当たったのは、ひとりの男性客。
昨日は午後七時頃に来店し、やはりライスカレーを食べて帰っていった。
少々よれた背広を着て、いけ好かない男だと大吉は感じた。
背広の皺を非難するつもりではなく、顔をしかめて皿を睨みつけ、まずそうに食べるところが嫌な客だと思ったのだ。
年齢は四十歳くらいに見えたので、夫人とはひと回りほどの年の差があるのだろう。
ライスカレーばかり注文する男性客と聞いて、穂積も「ああ」と思い出した様子だ。
呼ばれない限り、厨房から出てこない森山だけが首を傾げていた。
「その人が私の夫の、中江正一郎です」と夫人は肯定し、ため息をつく。