「違いますよ! なんで僕が男の下着を嗅ぎたいと思うんですか。たとえ美人のお姉さんのものであっても、そのような変態行為は断じてやりません」
「そうか、ならば良い。シーツの洗濯も頼んだ。早くしないと遅刻するぞ」
左門は表情を淡白なものに戻すと、踵を返して勝手口から屋敷内へと消えていった。
大吉は、敷布を放り込まれたタライを抱え、頬を膨らませる。
(勝手な人だな。遅刻したら思い切り文句を言ってやろう。追い出されない程度に……)
なんとか遅刻せずに学校に行った大吉は、午後二時半頃に帰宅した。
いつもより二時間ばかり早く授業が終わったのは、明日から試験があるためだ。
大吉の住まう従業員宿舎は浪漫亭の裏で、左門の屋敷の庭を隔てた隣にある。
一階は、縦板張りの和風建築。
二階は若草色に塗装された横板張りで、白い出窓付きという洋風建築になっている。
和洋折衷(せっちゅう)の建物は函館では珍しくない。
台所と食堂、風呂と便所と、ふたつの個室が一階にあり、二階には六部屋がある。
できれば二階の洋間に住みたかった大吉だが、一階の畳敷きの和室しか空きがなかったため、そこを借りている。
下宿していた坂田屋の部屋との違いは、少し広い六畳間であることくらいだろうか。
文句はないが、もし二階の部屋が空いたなら、そこに移りたいと大吉は思っていた。
部屋の襖を開けて、教科書の入った風呂敷包みを畳に置く。
ズック鞄は火事で燃えてしまい、実家に頼んだ追加の仕送りもわずかであったため、浪漫亭の給与が入るまでは新しく買い直すことができない。
懐事情は相変わらず、かつかつだ。
学生服の上着を脱いで衣紋掛けに吊るし、仕事着に着替えをする。
貸与されたのはコック服で、真っ白な長袖の上着を着て、膝下までの長い前掛けを腰に巻く。ズボンは学生服のままだ。
着替えを終えた大吉は、チラリと風呂敷包みに視線をやった。