軽く頷いた左門が、口の端をニッと上げる。
「君は洋食に関して並々ならぬ興味があり、かつユニークで柔軟な発想と、それを実現させる行動力がある。雇ってみる価値を感じた。うまいものへの探求心は、レストランで働く者にとって必要な素質であろう。かく言う私も、根本は君と同じ思いでここにいる」
左門は自分を“美食家”だと言った。
生まれ育ちは東京で、函館に来たのは三年ほど前だという。
毎日の食事に満足したいがために、前経営者から浪漫亭を買い取ったのだと話してくれた。
つまり彼は浪漫亭を、客に料理を提供する場としてだけではなく、自分の食卓のように考えているようだ。
生業(なりわい)としては他にもいくつか事業を手掛けているらしく、そうすると肩書きは、青年実業家といったところか。
「金儲けのためではなく、自分が食べたいからレストランを買ったんですか……」
その途方もない話に、大吉は感心して頷いている。
美味しいものが食べたいという思いは、ふたりの共通点と言えなくもないが、洋食まがいを自作していた大吉と、レストランを買い取った左門では格が違いすぎる。
一緒くたにしてはならないだろう。
それでも大吉は、「僕らは同志ですね」と素直に喜び、左門に嫌な顔をされてしまう。
同じだと言い出したのは彼の方だが、学生服の似合う童顔の少年に同志とされるのは不愉快なようだ。
左門の眉間に皺が寄ったのを見た大吉は、話をなかったことにされては困ると思い、急いで立ち上がって学帽を脱ぐと頭を下げた。
「僕をここに住まわせて働かせてください。左門さん、よろしくお願いします」
「君はたった今、雇用された。今後はオーナーと呼ぶがいい」
「いえ、左門さんの方がいいです。その方が、仲が良い感じがするじゃありませんか」
「君はいちいち(しゃく)に触る言い方をするな……」
最後には呆れ顔でため息をつかれてしまったが、「まぁ良い」と機嫌を直してもらえた。
立ち上がった左門は、右手を差し出す。
一瞬首を傾げた後に、握手を求められたことに気づいた大吉は、学生服で両手をごしごしと拭いてから、緊張して彼の手を握った。
「大吉、よろしく」と、琥珀色の瞳がわずかに細められる。
「はい」
函館での学生生活を諦めねばならないという窮地から一転、無料の住まいと職を得ることができた、なんとも幸運な少年であった。