大吉が質問の返事を待って青年の横顔を見ていると、彼は革のケースから小さな紙を引っ張り出してテーブルに置き、大吉の方へ押しやった。
テーブルに歩み寄った大吉は、それを手に取る。
そこには氏名と浪漫亭の住所、電話番号が印字されており、名刺であると気づく。
名刺をもらうのは初めての経験で、これに関しても紳士の世界を体験した気分で大吉は胸を弾ませた。
「大蔵左門さんというお名前なのですか。では、大蔵さんと呼びます」
「左門の方が良い。一部の店の者もそう呼ぶ。私は大蔵の姓が好きではない」
名字に好き嫌いを考えたことがなかった大吉は不思議に思い、幼い頃に実家に行商に来た薬屋のことを思い出した。
『漁師に似合いの名字だな』と薬屋の男が言ったら、長兄が『馬鹿にするのか』と怒ったのだ。
大吉は胃腸薬のおまけにもらった紙風船で遊びながら、なぜ長兄が怒ったのかが理解できなかった。
浜で暮らし、海で生計を立てているから、“濱崎”という名が似合うと言われたことはわかっても、幼いため、そこに悪意を感じ取れなかった。
いや、薬屋の男としても、馬鹿にする意図はなかっただろう。
商売人が客を怒らせて得をすることはないのだから。
それでも長兄にしたら、揶揄された気分でひどく不快であったようだ。
そして左門も資産家だからこそ、大きな蔵を持っていそうな姓を嫌っているのかもしれない。
これはあくまでも勝手な推測だが、大吉はそう考えて納得し、頷いた。
「左門さん」と試しに呼びかけたら、ノックの音が響く。
左門の返事を待ってドアが開けられ、入ってきたのは先ほどの給仕係であった。
一礼した彼は木製のワゴンを押しており、その上には白磁に青い花柄模様の紅茶碗がふたつと、揃いの西洋急須が置かれている。
それと料理の皿が二枚。
「オムレツライスだ!」
テーブルに歩み寄った大吉は、それを手に取る。
そこには氏名と浪漫亭の住所、電話番号が印字されており、名刺であると気づく。
名刺をもらうのは初めての経験で、これに関しても紳士の世界を体験した気分で大吉は胸を弾ませた。
「大蔵左門さんというお名前なのですか。では、大蔵さんと呼びます」
「左門の方が良い。一部の店の者もそう呼ぶ。私は大蔵の姓が好きではない」
名字に好き嫌いを考えたことがなかった大吉は不思議に思い、幼い頃に実家に行商に来た薬屋のことを思い出した。
『漁師に似合いの名字だな』と薬屋の男が言ったら、長兄が『馬鹿にするのか』と怒ったのだ。
大吉は胃腸薬のおまけにもらった紙風船で遊びながら、なぜ長兄が怒ったのかが理解できなかった。
浜で暮らし、海で生計を立てているから、“濱崎”という名が似合うと言われたことはわかっても、幼いため、そこに悪意を感じ取れなかった。
いや、薬屋の男としても、馬鹿にする意図はなかっただろう。
商売人が客を怒らせて得をすることはないのだから。
それでも長兄にしたら、揶揄された気分でひどく不快であったようだ。
そして左門も資産家だからこそ、大きな蔵を持っていそうな姓を嫌っているのかもしれない。
これはあくまでも勝手な推測だが、大吉はそう考えて納得し、頷いた。
「左門さん」と試しに呼びかけたら、ノックの音が響く。
左門の返事を待ってドアが開けられ、入ってきたのは先ほどの給仕係であった。
一礼した彼は木製のワゴンを押しており、その上には白磁に青い花柄模様の紅茶碗がふたつと、揃いの西洋急須が置かれている。
それと料理の皿が二枚。
「オムレツライスだ!」