「どういたしまして。それでレストランは? 食べさせてくれますよね?」
「まったく……とんだ拾い物をしてしまった」
山高帽の(つば)の角度を微調整した青年は、ついて来るようにと指先で合図して玄関へ方向転換し、大吉は「ありがとうございます!」と声を弾ませた。
両開きの重厚な扉を引いて中に入れば……大吉は感嘆の息をついた。
広々としたホールには花や蔦の模様が編まれた藍色の絨毯が敷かれ、格子天井にはチューリップの花が四輪咲いたような洒落た電灯が幾つも明るく輝いている。
えんじ色のビロード張りの椅子を四脚備えた四角いテーブルが二十ほどと、窓際にはふたり掛けの席が並んでいる。
五割ほどの座席が埋まっており、客は皆、よそ行きの立派な服装をしていた。
学生服に下駄を履いた大吉は、明らかに浮いている。
大吉を見た近くの客が、微かに眉をしかめているけれど、生き生きとした目をホールのあちこちに向けている大吉は、客の視線など気にしてはいられなかった。
「はぁー、どこもかしこも洒落(しゃれ)てるなぁ。外国に来たみたいだ」
大吉が感想を口にしたら、「いらっしゃいませ」と給仕係の男がにこやかに歩み寄った。
三十代半ばに見える男は、白い立襟のシャツに蝶ネクタイ、黒いベストとズボンを身に纏っている。なかなかの美男子だ。
「オーナーのお連れ様ですか?」と青年に向けて問いかけた給仕係に、大吉が「そうです」と張り切って答えると、隣からは小さなため息が聞こえた。
「騒がしくなりそうな予感がする。二階の特別室を使おう。料理は早くできあがるものを。紅茶と一緒に運んでくれ」
「かしこまりました」
小学生ではないのだから騒いだりしないと主張するのではなく、大吉は特別室に喜んだ。
ホールの端にある踏み幅の広い階段を、 青年について二階へ上がり、長い廊下を少し進んで、その部屋に通される。
広さは十二畳ほど。