「もしや、ここの経営者があなたなのですか?」
「いかにも」
「それじゃあ……」
夢であったレストランで食事をさせてもらえるかもしれないと、大吉は胸を弾ませる。
けれども青年は、「君はこっちだ」と建物に沿うように、玄関とは違う方へ歩きだした。
「浪漫亭の裏に、私が住まう別棟がある。その隣が従業員宿舎だ。君にはひと晩の宿として、宿舎の空き部屋を貸そう」
敷き詰められた砂利を踏みしめ、青年はレストランの角を曲がる。
背広姿の背中を追いながら、大吉は「あの」と、はっきりとした声をかけた。
「僕は夕飯を食べていません。腹が空きました。レストランで洋食が食べたいです」
大吉はこれまでやりたいことがあれば、言葉にして親に伝えてきた。
兄弟は多いので、親は大吉だけに目を配ってはくれず、思いも汲んでくれない。
『お前はねだってばかりだ』と叱られても、言うだけ言ってみる。
どうせ九割方、却下されるのだから、我儘(まがまま)とまで言えないだろう。
遠慮の知らない性格は、そういった家庭環境で培われたものである。
案の定と言うべきか、足を止めて顔だけ振り向いた青年に呆れ顔で非難される。
「図々しい少年だな。なんでも良いから食べさせてほしいという要求ならわかるが、客に振る舞う料理を無銭で提供しろと言うのか」
「食べさせろとは言ってません。食べたいと言ったんです」
「同じことだ」
「レストランは僕の憧れです。中に入って食事してみたいのです。この機会を逃せば、僕は大人になるまで本格的な洋食を食べられない。お願いします」
大吉は瞬きもせずに琥珀色の瞳をじっと見つめ、青年は半ば呆れたような、半ば感心したような顔をしてため息をついた。
「正直でまっすぐな性格と言えば聞こえは良いが、時に迷惑で厚かましくもなるようだ。新たな知識を授かったことに感謝しよう」