大吉の丸い二重の瞳は、純粋な憧れを持って、左門をまっすぐに映している。
左門は無表情で息をつくと、帳簿の次のページを捲り、冷淡に言う。
「港で私の名を連呼し、泣いていたな。親を恋しがる子供のように。これでは戦力にならないだろう」
「き、聞こえていたんですか!?」
恥ずかしさに、大吉の顔は耳まで熱くなる。
思わず新聞で顔を隠したら、後ろのドア口で穂積の声がした。
「失礼します。森山さんがオーナーのためにビーフシチューを作ってくれましたよ。お忙しいと思いますが、温かいうちに召し上がってください。そこに置いてもよろしいですか?」
「いや、特別室に置いてくれ」
「かしこまりました」
穂積は大吉に声をかけなかったが、去り際にプッと吹き出していたので、新聞に隠れている理由を悟られた気がした。
(もしかして穂積さん、もっと早くから僕の勘違いに気付いていたんじゃないだろうか。左門さんが帰ってきた時の、僕の反応が楽しみで、あえて教えなかったのか? いや、さすがにそれは考えすぎか……)
新聞で見えないが、左門が椅子から立ち上がった音がした。
ドアへと向かう途中、左門は大吉の横で足を止め、その肩をポンと叩く。
「今後の大吉次第だ。今は勉強に励みたまえ。君の成長を見守ろう」
(それは、頑張れば社員にしてくれるという約束でいいのか……?)
左門が廊下に出ていくと、大吉は新聞を外して振り向いた。
その顔は、朝日のように輝いている。
いつかこんな大人になりたいと憧れる紳士が、そこにいる。
「左門さん、まだ話したいことがあるんです。半月分の話が溜まっています。ビーフシチューを食べている間、隣にいてもいいですか?」
左門と同じ夢を追いかけて、力になりたい。
大きな背に向け、笑顔で駆け出した大吉であった。

【完】