「いいですね。雪のない東京から戻れば、随分と寒く感じるので、体が温まるものは喜ばれると思います」
それを聞いた大吉は、柘植が厨房に入ってきた時の何倍も驚いていた。
ふたりの会話を遮り、裏返りそうになる声で問いかける。
「さ、左門さんも、帰ってきてるんですか!?」
「ええ、もちろんです。二階に行きましたよ。今日の大吉君は少しおかしいですね。どうも落ち着きが――」
落ち着きがないと言われたら、その通りである。
最後まで聞いていられずに、大吉は厨房を飛び出した。
ホールには十五人ほどの客が食事中であるというのに、テーブルの間を抜けて走り、階段を駆け上がった。
(左門さんが帰ってきた。なにがなんだかわからないけど、とにかく会えるんだ!)
嬉しくて破顔した大吉は、特別室のドアを勢いよく開けた。
しかし、そこは無人である。
(どこに……?)
廊下の左右を見回すと、奥の事務室の方で物音がした。
今度は事務室に飛び込めば、左門が机に向かっていた。
お気に入りの格子柄の背広を着て、ネクタイを締め、半月ほど前となにも変わらぬ左門が、帳簿を開いて算盤を弾いている。
不在の間、穂積に任せていた浪漫亭の経営状況を、確認していたようだ。
その視線が大吉と交わると、美麗な西洋顔の眉間に皺が寄る。
「騒々しい。一階では客が食事中だろう。静かにしたまえ」
(ああ、左門さんだ。本当に帰ってきた……)
ドア口に佇む大吉の目に、じわりと涙が滲む。
叱られるのさえも、久しぶりで嬉しいと思うほどに、喜びで胸が一杯になった。
それと同時に騙された気分にもなり、恨み言をぶつけてしまう。
「ちゃんと説明してから行ってくださいよ。もう函館に帰らないのかと思って、僕は随分と苦しんだんですよ」
すると左門はフッと笑った。
手元に視線を戻して、算盤の珠を弾きながら、大吉の文句を軽くあしらう。
それを聞いた大吉は、柘植が厨房に入ってきた時の何倍も驚いていた。
ふたりの会話を遮り、裏返りそうになる声で問いかける。
「さ、左門さんも、帰ってきてるんですか!?」
「ええ、もちろんです。二階に行きましたよ。今日の大吉君は少しおかしいですね。どうも落ち着きが――」
落ち着きがないと言われたら、その通りである。
最後まで聞いていられずに、大吉は厨房を飛び出した。
ホールには十五人ほどの客が食事中であるというのに、テーブルの間を抜けて走り、階段を駆け上がった。
(左門さんが帰ってきた。なにがなんだかわからないけど、とにかく会えるんだ!)
嬉しくて破顔した大吉は、特別室のドアを勢いよく開けた。
しかし、そこは無人である。
(どこに……?)
廊下の左右を見回すと、奥の事務室の方で物音がした。
今度は事務室に飛び込めば、左門が机に向かっていた。
お気に入りの格子柄の背広を着て、ネクタイを締め、半月ほど前となにも変わらぬ左門が、帳簿を開いて算盤を弾いている。
不在の間、穂積に任せていた浪漫亭の経営状況を、確認していたようだ。
その視線が大吉と交わると、美麗な西洋顔の眉間に皺が寄る。
「騒々しい。一階では客が食事中だろう。静かにしたまえ」
(ああ、左門さんだ。本当に帰ってきた……)
ドア口に佇む大吉の目に、じわりと涙が滲む。
叱られるのさえも、久しぶりで嬉しいと思うほどに、喜びで胸が一杯になった。
それと同時に騙された気分にもなり、恨み言をぶつけてしまう。
「ちゃんと説明してから行ってくださいよ。もう函館に帰らないのかと思って、僕は随分と苦しんだんですよ」
すると左門はフッと笑った。
手元に視線を戻して、算盤の珠を弾きながら、大吉の文句を軽くあしらう。