コック服を着た柘植が、両腕に煎餅の缶やカステラの箱を抱えて入ってきたからだ。
「皆さん、ただ今帰りました。長いお休みをありがとうございました。これは東京土産です。お手隙の際に、お召し上がりください」
コック達は驚きもせず、「お帰りなさい」と笑顔で柘植を迎えている。
森山は、「長旅で疲れただろう。今日は出なくていい」と柘植をねぎらった。
「いいえ、これ以上のご迷惑はかけられません。長旅と言いましても、座って居眠りしていただけですのでご心配なく。むしろ体を動かしたいので、なんでも言いつけてください」
大吉はあんぐりと口を開け、目を白黒させている。
(これは一体、どういうことだ。東京に帰ったといっても、一時的なものだったのか? みんな、それを知っていた?)
泡だらけの手を前掛けで拭った大吉は、お土産の説明をしている柘植に近寄り、声をかける。
「柘植さん、あの……」
「大吉君、お久しぶりです。お土産、どうぞ」
「ありがとうございます。それより、東京に帰ったのって……」
うまく話せないほど動揺している大吉に、柘植は閉じた瞼を向けて、首を傾げた。
「東京に帰ってなにをしたのか聞きたいのですか? 知人の家を回り、新年のご挨拶をしてきました。それがなにか?」
「い、いえ、僕はその、てっきり函館に戻らないものかと思っていたので……」
「おや、そんな勘違いをさせてしまったのですか。すみませんね。これからも浪漫亭で働きますよ。今年もよろしくお願いします」
穏やかに笑った柘植は、今度は森山の方に顔を向けた。
「すみませんが、左門さんになにか作っていただけますか。乗船前に軽食を取って以降、なにも召し上がっていないのです。やることがあると言ってましたが、お腹が空いていると思います」
「ビーフシチューでいいか?」