(目の細かいパン粉の口当たりは、尖りがなくて気持ちいい。ロースなのにヒレ肉みたいに柔らかいのは、下拵えが万全であるからだ。脂身は甘くてしつこさはなく、いくらでも食べられそう。カレーソースとの相性も抜群だ。うまいなぁ。このままメニューに出したらいいのに)
大吉が大盛りの賄い飯を食べていると、厨房に穂積が入ってきた。
「森山さん、十名の団体客が入りました。注文伝票、ここに置いておきます」
十名の客はそれぞれ別のメニューを注文したそうで、伝票を見た森山の顔つきが真剣になり、すかさず指示が飛ぶ。
同じテーブルの客に、なるべく時間差なくできたての料理を提供するには、調理工程の順序は重要である。
それをうまく組み立てるのは、コック長の腕の見せ所だ。
なおかつ、他のテーブルの料理もまだ出来上がっていないため、大忙しだ。
(僕も働かなくちゃ……)
半分食べた皿を置いて立ち上がろうとしたが、穂積に止められた。
「十名くらい、森山さんなら平気だよ。君は冷めないうちに賄い飯を食べてしまいなさい」
そう言った穂積は、ミルクキャラメルをポケットから取り出し、箱ごと大吉にくれた。
「お客様にいただいたんだ。これ食べて、寂しさを紛らわせて」
左門との別れに落ち込んでいたことを、どうやら穂積にも気づかれていたようだ。
恥ずかしくなった大吉は、目を泳がせてごまかそうとする。
「別に僕は、左門さんがいなくたって平気です。子供じゃないから寂しくもないです。でも、キャラメルは大好きなのでいただきます」
それが強がりであることも、隠し切れていないらしい。
クスリと笑った穂積は、励ますように大吉の肩を叩くと、ホールに戻っていった。

それから一時間ほどが経ち、団体客も帰って厨房は落ち着いていた。
大吉が皿洗いをしていると、勝手口のドアがノックされた。
振り向いた大吉は、目を丸くする。