大蔵商会は今、イタリアのとある大企業との貿易交渉を控えているそうだ。
数年前の世界大戦において、戦時物資の輸出で巨万の富を築いた大蔵商会は、今も国内より外国との貿易で大きな利益を得ている。
この度の取引も、日本政府が注目するほどの大事であるらしい。
播磨が言うには、その交渉団に左門も加わるのではないかという話であった。
「交渉をまとめた功績を理由に、後継発表がなされるものだと私は読んでいる。日本一の大企業、大蔵商会を操るのだから、忙しくて函館には戻れないだろう。こちらの事業は下の者に任せるか、売り払うかのどちらかだな。いっそのこと、浪漫亭を含めた全てを、私が買い取ってやってもいいが」
なにがおかしいのか、播磨が大きな笑い声を上げ、大吉の肩をポンポンと叩いた。
衝撃の中にいた大吉は、ハッと我に返り、「すみません、失礼します」と一礼して、走り出した。
(左門さんがいなくなるなんて、そんなの嘘だ……)
全ては播磨の誤解だと思いたいが、思い当たる節もある。
最近の左門は、随分と忙しそうであった。
夕食時になっても浪漫亭に現れなかったり、真夜中に目覚めた大吉が窓の外を見たら、書斎の明かりが灯っていたりした。
掃除洗濯の用事を言いつけた後は、すぐに出かけてしまうから、まともに会話もしていない。
師走は皆、忙しいものだと特に気にしていなかったのだが、左門の場合はそれだけではなかったということなのか。
大吉は坂を駆け上がり、左門の屋敷の玄関前に着いた。
ドアノッカーを打ち鳴らしても、応答はない。
もうすぐ十二時というこの時間、左門は仕事に出かけていて当然である。
けれども嫌な予感を抱えているためか、大吉はますます焦り、踵を返すと浪漫亭へ急いだ。
勝手口から勢いづけて飛び込めば、四人いるコック達を驚かせてしまった。
森山が怖い顔をして叱る。
数年前の世界大戦において、戦時物資の輸出で巨万の富を築いた大蔵商会は、今も国内より外国との貿易で大きな利益を得ている。
この度の取引も、日本政府が注目するほどの大事であるらしい。
播磨が言うには、その交渉団に左門も加わるのではないかという話であった。
「交渉をまとめた功績を理由に、後継発表がなされるものだと私は読んでいる。日本一の大企業、大蔵商会を操るのだから、忙しくて函館には戻れないだろう。こちらの事業は下の者に任せるか、売り払うかのどちらかだな。いっそのこと、浪漫亭を含めた全てを、私が買い取ってやってもいいが」
なにがおかしいのか、播磨が大きな笑い声を上げ、大吉の肩をポンポンと叩いた。
衝撃の中にいた大吉は、ハッと我に返り、「すみません、失礼します」と一礼して、走り出した。
(左門さんがいなくなるなんて、そんなの嘘だ……)
全ては播磨の誤解だと思いたいが、思い当たる節もある。
最近の左門は、随分と忙しそうであった。
夕食時になっても浪漫亭に現れなかったり、真夜中に目覚めた大吉が窓の外を見たら、書斎の明かりが灯っていたりした。
掃除洗濯の用事を言いつけた後は、すぐに出かけてしまうから、まともに会話もしていない。
師走は皆、忙しいものだと特に気にしていなかったのだが、左門の場合はそれだけではなかったということなのか。
大吉は坂を駆け上がり、左門の屋敷の玄関前に着いた。
ドアノッカーを打ち鳴らしても、応答はない。
もうすぐ十二時というこの時間、左門は仕事に出かけていて当然である。
けれども嫌な予感を抱えているためか、大吉はますます焦り、踵を返すと浪漫亭へ急いだ。
勝手口から勢いづけて飛び込めば、四人いるコック達を驚かせてしまった。
森山が怖い顔をして叱る。