左門のものではないのに、なぜか大吉の真横で停車した。
後部席のドアから降りてきたのは、背広に高級コートを羽織り、中折れ帽子を被った播磨である。
「君は大吉君だったな。まだ函館にいたのか。おや、それは函館商業高校の校章だ。どういうことかね?」
疑惑の目を向けられた大吉は、しまったと心の中で呟く。
夏にカフェーで播磨に会った時、左門の遠縁だと紹介された。
一時的に函館に遊びに来ていたという設定であったのに、学帽の校章で、嘘がばれてしまったようである。
「実は……」
下手にごまかすより、正直に話して謝ろうと、あの日のことを説明した。
「どうしてもカフェーに行きたかったから、左門さんに嘘をつかせてしまったんです。僕は親戚ではありません。浪漫亭で働く代わりに、部屋を無料で貸してもらっているだけなのです。申し訳ありません……」
怒られるより、左門に迷惑をかけることを恐れていたが、播磨は笑って許してくれた。
「今は清らかな心持ちで、怒る気にならん。クリスマスミサに出席していたのだよ。聞こえるだろ? 讃美歌の音色が」
(播磨さんはキリスト教徒だったのか。クリスマスに救われたな……)
胸を撫で下ろす大吉に、播磨が機嫌良さそうに話し続ける。
「それより、大蔵君が東京へ戻るそうじゃないか」
「え……?」
「ごまかしても無駄だ。私の情報網を(あなど)るでない。来春早々に、大蔵商会の後継者発表もなされるそうだな。大蔵君には港のことで貸しがある。太い繋がりができて幸運だった」
左門が東京へ戻る話など、大吉は少しも聞いていない。
実業を継ぐ気はないと、はっきり言っていた。
姉の小夜子にも面と向かって拒否していたというのに、どういうことだろうか。
(播磨さんが勘違いしているだけだよな……?)
大吉が不安に瞳を揺らしても、播磨は気づかず、機嫌良く話し続ける。