「失敗作も平らげて、描くための糧にしまっせ。わいだって男や。一世一代の大勝負。白馬会展用の作品を、全力で描かせてもらいましょ」
腕組みした左門が満足げに頷く。
その視線を大吉に流すと、珍しく微笑みかけてくれた。
「大吉のソースが役立った。感謝しよう。君も失敗を恐れず、何度でも挑戦したまえ」
どうやらそれを伝えるために、大吉をここにいさせたようである。
けれどもその激励は、あまり意味がないようだ。
「僕は失敗を恐れたことはありません。どんなことでも、絶対に成功すると思ってやっています」
勉強であれ料理であれ、女給を追いかけて声をかける時だって、大吉は失敗すると思ったことがない。
結果として失敗することは日常茶飯事だが、楽天的な性格のため、根拠のない自信だけはいつもあるのだ。
胸を張って主張した大吉に、弥勒が飯粒を飛ばして笑った。
「羨ましい性格やな。見習わんとあかん」
左門は飛ばされた飯粒を、テーブルナプキンで嫌そうに払いながら、ため息をつく。
「何事もバランスが大切だ。大吉には、リスクを考慮して動けと言うべきであったな」
呆れられても、大吉はピンときていない。
リスクとはなんだろうと、首を傾げるだけであった。

空は良く晴れているが、吐く息は白く、外はうっすらと雪が積もっている。
師走(しわす)の二十五日。
明日から年明けの七日まで正月休みとなり、今日は校舎内の大掃除だ。
授業はなく、昼前には帰れるだろう。
小使いさんと呼ばれる学校の用務係の職員の指示で、大吉は校長室の掃除を任されていた。
清と幸治も一緒で、ふたりは窓を拭き、大吉は踏み台に上がって、額縁入りの歴代の校長の写真にはたきをかける。
校長は先ほどまでこの部屋にいたのだが、用事があると言ってどこかへ行ってしまった。