「なぜ怒る必要がある。料理は進化していくものだ。指摘は喜んで受けよう。ハンバーグステーキをメニューに加えたばかりの時は、こんなものに金は出せないと叱責されたこともあったな。それにも私は感謝している。おかげでレシピを改良し、今の味になったのだから。彼らの指摘も森山に伝えておく。次の来店時には、満足してもらいたい」
根が素直で単純な大吉なので、文句を言いたくなったことをすぐに反省する。
(良いものを作るためには、苦情や指摘をありがたいと受け取らなくてはならないのか。料理のことだけじゃなく、誰かになにか言われたら、今度からそう思うように心がけよう。忘れて怒ってしまうこともあると思うけど……)
ふと弥勒を見れば、泣いていた。
ロイド眼鏡を外して目元を押さえ、肩を震わせているのだ。
「弥勒さん、どうしたんですか?」
大吉が驚いて声をかければ、弥勒は懐から皺くちゃな手ぬぐいを出して鼻をかみ、涙声で苦情を言う。
「社長はんの説教の仕方、嫌いやわ。いい加減にせえと怒鳴られたら、ほなさいならと出ていけるのになぁ。わいも逃げずに、やらなあかんと思わせられるやろ。ほんま容赦ないお人やで」
左門ほどの人でも、叱責されることがある。
それに傷つき逃げるのではなく、より良いものを生み出すためには必要な助言だと捉えるから、心を乱さずにいられるのだ。
弥勒の場合、厳しい言葉で説教すれば、心を閉ざして逃げようとするので、左門はこのような手法を取ったのである。
批判を恐れず、持てる力の全てを出して描ききれと、言葉にせずに伝えたかったようだ。
弥勒は羽織の袖で涙を拭くと、皿を引き寄せてハンバーグステーキを食べ始めた。
和風ソースのものも、大吉の失敗ソースをかけたものも、全てをだ。
「僕のはいいですよ。無理しないでください」
大吉は止めたが、弥勒は咀嚼(そしゃく)しながらもごもごと言う。