ニッと口の端を上げた左門に、弥勒は怪訝そうにしつつも口に入れた。
その直後に顔をしかめる。
「なんやこれ。滅茶苦茶な味やな。失敗作でっか?」
大吉はハッとした。
「もしかして、僕が賄い飯用に作ったやつですか?」と問いかければ、左門が頷く。
「森山に叱られていたと穂積に聞いて、それを出させた。予想通り、ひどい味のようだな」
「わかっていたなら、なんで僕のをかけたんですか。せっかくのハンバーグステーキが台無しになってしまう」
恥ずかしいやら情けないやらで、大吉は顔を熱くして文句を言ったが、「そうだな」と軽く流された。
左門はもう半分のハンバーグステーキに、プロのコックが作った正しいソースをかける。
それもひと口、弥勒に食べさせた。
「これはまぁ、うまいわな。毎日やと、わいにはきついねんけど、味はええで。これぞ洋食という感じやな」
「洋食はソースが命だ。良い素材を最高の技術で焼き上げても、ソースを間違えれば駄作となる。油彩画と似ているだろう?」
左門は、和風ソースをかけた皿を、弥勒の前に戻しながら言った。
淡白でさらりとした言い方であったが、弥勒の心には突き刺さったようで、苦い顔をして箸を置いてしまった。
「適当に絵の具を塗れば、まずいソースをかけたハンバーグステーキにみたいになると言いたいんやろ。そんなん、わかってるわ。せやけど、わいは怖いねん。まずかろうと、料理を作れんくなるよりましや」
食べ比べさせた目的は、どうやら弥勒の説得であったようだ。
やっと理解した大吉だが、作戦は失敗に終わるのか。
弥勒はふて腐れてしまい、うまいと食べていた和風ソースの皿さえも、左門の側に押しやった。
その時、近くから穂積の声がした。
「お客様、お味はいかがでしょうか?」
振り向いた大吉は、穂積が話しかけている相手が別の客であると知る。