「君は正直者だな。理想を持つことは、成功への道標(みちしるべ)となる。私を目標にすれば良い」
一切、謙遜することなく堂々と言い放った彼に、大吉は開いた口が塞がらない。
(すごい自信だ……。自分を目標にしろなどと言える男は、そうそういないぞ)
心の中でそう呟きながら、大吉はゆっくりと首を縦に振った。
とはいえ、青年が機嫌を直してくれたのは、大吉の利するところであるようだ。
「乗りなさい」
青年は後部座席を指差して命じ、自身は右側のドアを開けて運転席に乗り込む。
「泊めてくれるんですか!?」
「幾ら拒もうとも、君なら走って車を追いかけてきそうだからな。ひと晩だけという条件付きで許そう」
「はい。ありがとうございます」
青年の気が変わらないうちにと、大吉は急いで後部座席に乗り込んだ。
エンジンが始動し、前照灯が夜道を明るく照らす。
エンジン音は驚くほど静かで、大吉は最新式の自動車の性能に驚いていた。
これまで乗ったことのある自動車は、尻が痺れるほど座席の硬い乗合バスのみ。
蒸気機関車や路面電車にも乗ったことはあるが、それは自動車とは別物だ。
スムーズなハンドルとクラッチ操作で、暗がりを爽快に進む自動車は、坂道を上る。
どうやら青年の自宅は、函館山の方にあるようだ。
函館山は、標高が低めで稜線は緩やか。小学生が遠足で登るような山である。
山裾には家屋が建ち、中でも宗派の様々な教会群やイギリス領事館、公会堂など、立派な洋館が目を引く。
その辺りは“元町(もとまち)”と呼ばれており、豪商の屋敷も建つ、庶民の住宅地とは一線を画した地区である。
(この人の自宅もきっと、大きな屋敷に違いない。そこには僕の知らない世界が広がっていそうだ)
そのような予感に、大吉はワクワクとした胸の高鳴りを覚える。