過去を話すのは心の負担らしく、弥勒は何度もため息をついていた。
休み休み三十分ほどもかけて話し、部屋はすっかり暖まる。
大吉は背中が熱くなり、ストーブから少し離れた板間にあぐらを組んだ。
(父親に騙されたとは、つらい思い出話だな。子供の頃からお調子者で、いい加減に生きてきたんだと誤解していた。あとで弥勒さんに謝らないと……)
弥勒の話はまだ終わらない。
気力を振り絞るようにして、ぼそぼそと続けた。
「それきり実家とは縁を切ったんや」
絵を描いて売り、足りない生活費は日雇いの仕事で賄えば生きていけると思ったそうだが、現実は厳しかった。
西洋絵画は庶民に浸透していない。
床の間に掛け軸を飾りはしても、油彩画を壁にかけようという文化が根付いていないのだ。
絵を見せれば上手だと褒められるが、買ってはもらえず、配達や土木工事などの仕事を朝から晩までやっていた。
そうすると、絵を描く時間がなくなってしまい、なんのために家を出たのかわからなくなる。
それで、金持ちの家の居候という生活を選んだ。
資産家が芸術家や書生を家に置き、面倒をみてやるというのは、昔からよく聞く話だ。
弥勒も金持ちの家の雑務を引き受けながら、絵を描いていたそうだが、屋敷の主人達は左門と同じように、展覧会に出品して早く名を上げろと言ってくる。
弥勒はそれが嫌だった。
絵のプロに評価されるのが怖いのだ。
呆れられて宿無しにならないように、展覧会に出せと言われたらそうしてきたが、全ての作品は適当に手を抜いて仕上げたものであり、当然入賞はしなかった。