写経をしていたはずなのに、気づけば絵を描いていたということもあり、それほどまでに夢中になった弥勒は、次第に画家になりたいという夢を抱くようになった。
十五歳の時に、ついに父親に直談判する。
父親は厳しいが、頭ごなしに叱りつけるような人ではない。弥勒が趣味として絵を描く分には許してくれていた。
話せばきっとわかってくれると期待して、弥勒は頭を下げた。
僧侶ではなく、画家の道を進みたいのだと。
(怒られたんだろうな。勘当されて家を追い出されたのかもしれない)
そこまで話を聞いていた大吉は、パチパチと弾ける薪の音を聞きながら、そう思っていた。
左門は表情を変えず、腕組みをして、無言で続きを待っている。
弥勒はため息をついてから、膝の上で組んだ手を見つめて話しだす。
「条件を出されたんや」
檀家の中に、有名画家の絵を多数扱っている画商がいた。
その中年男に弥勒の油彩画を見せて、これは売れると認めさせることができれば、画家として生きることを認めてやると、父親に言われた。できなければ、絵を描くことをきっぱりやめなさい、とも。
それで弥勒は三月を費やし、全身全霊で一枚の絵を完成させた。
自分では最高傑作を生み出したつもりで、自信たっぷりに画商に見せたのだが……期待とは逆の言葉をもらったそうだ。
『これは売れないな。この程度の絵を描ける者は、ごまんといる。つまり君は凡。画家を目指すのは諦めなさい』
弥勒は苦しげな顔をして、ロイド眼鏡を外すと、目元をごしごしと擦っていた。
今でも涙が滲むほど、画商の言葉に深く傷つけられたようだ。
眉尻を下げた大吉は、昨日の国際経済史学の授業を思い出していた。
イギリスの著名な経済学者について、級友五人と二週間かけて研究し、原稿用紙十五枚にまとめて授業中に発表した。