外灯に照らされる路肩には、自動車が一台停車している。
艶やかな黒い車体の四人乗りで、(ほろ)ではなく鋼鉄製の丈夫な屋根を持ち、窓ガラスが全面にはめ込まれている。
鼻面が長く角ばっており、予備タイヤが側面にひとつ取り付けられていた。
座席は広々とした黒革である。
青年が運転席のドアに手をかけたので、どうやら所有者は彼のようだ。
目を輝かせた大吉は、自動車の進路を塞ぐように立ってしげしげと眺めつつ、興奮して言った。
「ほら、あなたは金持ちだ。一般庶民は自動車を買えませんよ。凄いなぁ。なんという車ですか? T型フォードではないし、キャデラックとも違う。形から言うと、英国製ですか?」
大吉はそれほど自動車に興味があるわけではないが、級友の幸治が自動車に関する新聞広告を切り抜きしては見せてくるので、幾つかの車種は知っていた。
それまで無視を決め込んでいた青年は、意外そうな顔をして大吉と視線を交える。
そして、やっと口をきいてくれた。
「イギリス製で正解だ。ロールスロイス社のシルバーゴーストという」
「ロールスロイス……級友から聞いたことがあります。でも、幌付きだと言っていました」
「それはシルバーゴーストの中の別タイプだ。銀色のボディのそれも所有しているが、これは新型。先月輸入したばかりだ」
「二台も所有しているのですか!?」
大金持ちだと大吉が驚けば、青年はなんてことない顔をして淡白に訂正する。
「デイムラー社のランドレーを入れて、三台だ」
この青年は、一体何者なのか。
大吉は日本人離れした端正な顔を(ほう)けたように見つめる。
「僕もいつか、あなたみたいな大人になりたい……」
憧れが自然と口をついて出れば、青年が長めの睫毛を伏せてクスリと笑った。
不機嫌そうな眉間の皺を解き、指先で前髪を払う彼。
キザな仕草が、指摘を入れられないほど板についている。