寒い夜にわざわざ坂道を上ってまで、洋食を食べに来ようという客は少ないのだ。
雨の日も然り。客足は天候によって左右される。
いつもよりゆっくりと時間が流れる厨房で、大吉はガスコンロの前に立ち、小鍋をかき混ぜていた。
今日は挽肉が余りそうな気配がするので、賄い飯は豪華にハンバーグステーキだ。
肉だねを混ぜて成形したのは柘植で、焼いたのは若いコック。そしてソースは大吉が任されている。
最近、鍋やフライパンを持たせてもらえるようになり、喜んでいるが、客に出せるまでの技術はなく、賄い飯のみである。
バターを溶かして、メリケン粉を振るって加え、焦がさないよう気をつけて炒める。
茶色になったらコンソメスープを少量ずつ入れて、中火でひたすら掻き混ぜる。
トロリとしたら、ハンバーグソースの完成だ。
(よし。だまにならなかったぞ。見た目は本物っぽい。味は……うーん、おかしいな。深みがなく滑らかさが足りない。そうだ、もう少しスープを足して、色んな調味料を加えてみよう)
砂糖や酢、醤油などを入れてスープを注ぐと、とろみが足りず、片栗粉を加えてみた。
すると、おかしなソースになってしまった。
手を加えなければ良かったと後悔していたら、森山が客用のハンバーグステーキ四皿を完成させてから、大吉の側に来た。
「できたか? どれ」
小指につけたソースを舐めた森山は、顔をしかめて怒りだす。
「余計なことしやがったな。なんで言われた通りにやらねぇんだ。材料が無駄になるだろ!」
「すみません……」
大吉が首をすくめていると、柘植が「まぁまぁ」と宥めてくれる。
「大吉君もそのうち上手になるでしょう。こっちに客用のソースが余っているので、それをかけて賄い飯を食べましょう」
立ったままであったり、簡易椅子や踏み台に腰かけたりして、コック達は手の空いた者から賄い飯を食べ始める。