大吉は親や祖父母から、お年寄りや子供には親切にしなさいと教えられたことはあっても、優しくして怒られた経験はない。
それが一般的であろう。
しかし日本一の大富豪、大蔵家は、庶民とは教育方針が違うようだ。
弟の睨みに不敵な笑みを返す小夜子は、今度こそ玄関に向かう。
「また会いましょう。今年中に東京で。待っているわ」
自信を感じさせる声でそう言うと、秋空の下へ出て行った。
自動車を待たせていたらしく、エンジン音が外から聞こえて、遠去かる。
当てが外れた弥勒は部屋に引っ込んでしまい、大吉は廊下で不安げに問いかける。
「東京に戻ったりしませんよね……?」
左門が大蔵家の跡を継ぐために帰ってしまえば、浪漫亭はどうなるのか。
オーナーが変われば、大吉はただで従業員宿舎に住めなくなるかもしれない。
そうなれば函館で学生生活を続けるのは難しく、一大事である。
左門は大吉をチラリと見て、書斎の方へ歩き出しながら淡々と言う。
「東京へ行くこともあるだろう。だが私の本拠地は函館だ。浪漫亭は売らない。安心したまえ」
「ああ、良かった」
左門の後をついていきながら、大吉はホッと胸をなで下ろす。
「それにしても、左門さんのお姉さんは、迫力がすご――」
のんきな感想の途中で、書斎のドアを閉められてしまった。
小夜子が帰っても、まだ不機嫌さを引きずっているようだ。
(今日はそっとしておいた方がいいな……)
大吉は、金持ちの苦労を垣間見た気がしていた。
左門に同情しつつ、後片付けのために応接間へと引き返すのであった。
小夜子の来襲からひと月ほどが経ち、十一月の下旬になる。
日は短くなり、午後六時を過ぎた今は真っ暗だ。
おまけに雪もチラチラと舞い、外はかなり冷え込んでいる。
浪漫亭内は、だるまストーブの中で石炭が赤々と燃えて暖かいが、ディナー時間だというのに六組の客しかいない。
それが一般的であろう。
しかし日本一の大富豪、大蔵家は、庶民とは教育方針が違うようだ。
弟の睨みに不敵な笑みを返す小夜子は、今度こそ玄関に向かう。
「また会いましょう。今年中に東京で。待っているわ」
自信を感じさせる声でそう言うと、秋空の下へ出て行った。
自動車を待たせていたらしく、エンジン音が外から聞こえて、遠去かる。
当てが外れた弥勒は部屋に引っ込んでしまい、大吉は廊下で不安げに問いかける。
「東京に戻ったりしませんよね……?」
左門が大蔵家の跡を継ぐために帰ってしまえば、浪漫亭はどうなるのか。
オーナーが変われば、大吉はただで従業員宿舎に住めなくなるかもしれない。
そうなれば函館で学生生活を続けるのは難しく、一大事である。
左門は大吉をチラリと見て、書斎の方へ歩き出しながら淡々と言う。
「東京へ行くこともあるだろう。だが私の本拠地は函館だ。浪漫亭は売らない。安心したまえ」
「ああ、良かった」
左門の後をついていきながら、大吉はホッと胸をなで下ろす。
「それにしても、左門さんのお姉さんは、迫力がすご――」
のんきな感想の途中で、書斎のドアを閉められてしまった。
小夜子が帰っても、まだ不機嫌さを引きずっているようだ。
(今日はそっとしておいた方がいいな……)
大吉は、金持ちの苦労を垣間見た気がしていた。
左門に同情しつつ、後片付けのために応接間へと引き返すのであった。
小夜子の来襲からひと月ほどが経ち、十一月の下旬になる。
日は短くなり、午後六時を過ぎた今は真っ暗だ。
おまけに雪もチラチラと舞い、外はかなり冷え込んでいる。
浪漫亭内は、だるまストーブの中で石炭が赤々と燃えて暖かいが、ディナー時間だというのに六組の客しかいない。