「あなた、関西の人ではないようね。発音がおかしいわ」
エセ関西人であることをすぐに見破ってから、「どんな絵を描いているの?」と興味を示した。
「わいの部屋にぎょうさん置いてあります。見てやってください」
弥勒は喜び勇んで小夜子を客間に招き入れる。
左門は廊下で不愉快そうにため息をつくだけで、姉に今すぐ帰れとは言えないようだ。
全開のドアの内側では、小夜子がキャンバスの油絵を見た後に、丸テーブルに置かれていたスケッチブックを手に取った。
その間、弥勒は、白馬会展に出品するために、左門から毎日何枚も描くよう強制されていることを訴えていた。
スケッチブックを捲っている小夜子の口の端が、ゆっくりと吊り上がる。
ドア口から目撃した大吉は、背筋がゾクリとし、左門がなにかを企んでいる時と似ている気がしていた。
小夜子は弥勒に振り向いて、上品な笑みを浮かべる。
「このスケッチ、いいわね。左門があなたに目を付けた理由がわかったわ。でも油彩の方はさっぱね。才能はあるのに、意欲がないのかしら」
「そ、そんなことおまへん。やる気なら有り余るほど――」
「私は左門より厳しいわよ。昼夜問わず監視を付けて描かせるけれど、それでも我が家に来たい?」
弥勒が首を横に振って、肩を落とした。
鞍替えを企んだが、今よりしごかれると聞かされて諦めたようである。
小夜子が赤い唇の隙間に、白い歯をチラリと覗かせた。
優雅な歩き方で弥勒の部屋を出ると、廊下で腕組みしている左門の前で足を止める。
「年末の白馬会展、審査員の中にお父様と親しい付き合いをしている人がふたりいるわ。九条院と縁のある者も、ひとり」
左門はなにを思うのか、眉間に深い皺を刻む。
小夜子はクスリと余裕のある笑い方をして、今度は大吉に振り向いた。
(な、なんだ……?)
大吉の肩に手をかけた小夜子は、左門を横目で見ながら耳に息を吹きかける。