まさか恋愛面での興味を持ったのかと大吉は疑い、結婚しており、二十歳になる息子までいることを教えてあげた。
するとがっかりするのではなく、弥勒は喜んだ。
「函館までの旅を許す旦那は、心が広そうやな。息子も大きゅうなって、他に面倒を見る相手が欲しくなってくる頃やろ。好条件や」
「なにを言って……」
その時、応接間のドアが開いて、左門と小夜子が話しながら出てきた。
「レストラン経営は上手くいっているの? 味を確かめて帰ろうかしら」
「ご心配無用です。それに今日は定休日なので店を開けられません」
「残念ね。九条院の方の用事で、これから小樽へ向かうけれど、汽車の発車まで二時間もあるのよ。どこかで食事をしたいわ」
「十字街へ行けば、飲食店はすぐに見つかりますよ。私は忙しいのでお付き合いできかねます」
早く姉を帰らせたい様子の左門が、小夜子の肩を抱くようにして玄関へと誘う。
それを途中で引き止めたのは、弥勒だ。
「社長はんのお姉さんでっか? いやー、お美しい。こんなべっぴんさんは見たことあらへん」
大吉を押し避けて廊下に出た弥勒は、振り返った小夜子に胡散臭い笑顔を見せる。
左門に余計なことをするなと言いたげに見られても、構わず近づいた。
「どなた?」と問われ、名乗ってから交渉を始める。
「お姉さんにこんなこと言うのはあれやけど、社長はんがえらい厳しゅうて、涙の毎日なんですわ。この哀れな絵描きを、面倒みてやってくれまへんか? 肖像画なら何枚でも描きます。べっぴんさんは描きがいがありまんな。力仕事もやりまっせ」
手揉みしながらヘラヘラと調子の良いことを言う弥勒を、小夜子は顎に手を添えてじっと見つめていた。
値踏みするような、利用価値を探っているような目付きである。
「部屋に戻っていたまえ」と左門が叱ったが、弟より前に出た小夜子が、弥勒と話し出す。