すると弥勒が「ちゃうちゃう」と声を上げて笑った。
「わいの生まれは函館でっせ。十年ほど前に、豪商の屋敷で間借りしてた時にな、大阪から来たっちゅう書生が居候してたんや。そいつがまぁ、話し上手の交渉上手。ちっとも学問してへんのに旦那はんに気に入られとった。真似したら楽して人生、上手いこといくんちゃうか思うてな。どや、関西弁上手いやろ?」
(えせ関西人か……)
つくづくいい加減な男だと呆れ返る大吉は、掃き掃除を再開させつつ、偉そうに諭す。
「函館に実家があるなら、すぐ帰れるでしょう。戻って親孝行した方がいいですよ。信念もやる気もない人が、絵描きで大成するはずがない」
すると、それまでヘラヘラしていた弥勒が、急に真顔になった。
図星を指されたことが嫌だったのか、それとも自分の半分ほどの年齢の子供に言われたことが癪に触ったのかはわからないが、声が低くなる。
(すね)かじりの僕ちゃんに言われたないな。学生がそんなに偉いんか? 君やって、まだ何者にもなってへんやろ。同じや」
それに対し、今度は大吉が腹を立てる。
「僕は一生懸命に勉強しています。卒業したら左門さんの会社に入って活躍するんです。弥勒さんと一緒にしないでください」
「そりゃ悪いこと言うてもうた。堪忍してな。大きな夢を持って、君は偉い。背広を着てネクタイ締めて会社勤めするんやろ? 裾も袖もブカブカで垂れ下がるやろうなぁ。おもろくて吹いてまう」
「なんだって!?」
つい先ほど、からかわれても相手にしないと思ったばかりなのに、大吉は我慢できなくなる。
兵隊ごっこの子供のように、銃剣に見立てた箒を突きつければ、弥勒がサッと横に飛んでかわした。
意外と俊敏な身のこなしである。
「へなちょこやなぁ。ほれ、もっとかかってきいや」
弥勒は楽しげに笑って挑発し、自分の尻を叩いて舌を出す。
(こいつは……!)