乾かしている時間は遊んでいられるかと思ったが、新しいキャンバスを与えられ、別の絵を描けと命じられたそうだ。
部屋に描きかけの作品がたくさんあるのは、そういう理由らしい。
「小遣いも少ししかくれない」と不満は続く。
朝食は柘植が屋敷に運んでくれて、昼夕の食事は浪漫亭で食べろと言われているらしい。
気晴らしの散歩くらいはいいが、絵を描かずに遊び歩くことを、左門は許さない。
弥勒が小遣いをねだれば、使い道を尋ね、左門が納得する理由でなければ財布を出さないという。
「浪漫亭の料理はそりゃあ素晴らしいと思うねんけど、毎日だとちょっとな。かけ蕎麦(そば)が食べたい日もあるんや。商店街をぶらりとして、おっちゃんらと無駄話しながら食べ歩いたりな、夜はカフェーで女の子にちやほやされたいねん」
そう思わないかと同意を求められた大吉は、カフェーに関してのみ頷いた。
商店街のおじさんと無駄話をしたいとは思わないし、洋食への憧れは健在なので、かけ蕎麦の方がいいという気持ちもわからない。
できることなら、弥勒と待遇を取り替えてもらいたいと思うほどに羨ましい。
「こういうのを軟禁生活、言うんや。前に住んでた米問屋は、好き勝手できて良かったなぁ」
ぼやくように言った弥勒に、大吉は白い目を向ける。
「だったら米問屋に戻ればいいじゃないですか」
「それができたら、ええんやけど……」
苦笑いしてごまかした弥勒を見て、大吉は察した。
遊び呆けて真面目に絵を描かずにいたら、援助する気が失せた米問屋に、追い出されたのだろう。
だからこそ左門は、弥勒の生活を厳しく管理しているのかもしれない。
それならば実家に帰ったらどうかと、大吉は提案した。
弥勒のことを良く思っていないので、早く出て行ってもらいたいのだ。
「実家はどこなんですか? 聞きなれない訛り言葉ですけど、本州のどこですか?」