「もう少し寝てたかったのに、君に起こされたんや。左門さん、左門さんと、大吉は本当に社長はんが好きやなぁ」
人聞き悪い言い方をするなと反論したかったが、弥勒が顔を洗いに台所の方へ行ってしまったので、大吉は頬を膨らませる。
(僕は子供じゃないから、いちいち怒らないぞ。顔を合わせれば口喧嘩になって、疲れるだけだ)
弥勒の言動の全てが気に触る。
大吉は喧嘩しているつもりだが、実のところ、からかわれて、むきになっているだけである。
それに気づかず、自分が大人になって相手にしなければいいと思うことにした大吉は、箒を動かす手に力を込めた。
弥勒の部屋の前に差し掛かったら、ドアが半分開いていたので、中が見えてしまう。
広さは八畳ほどで、家具はベッドと丸テーブルと椅子が二脚、それと箪笥だ。どれも西洋風で洒落ている。
テーブルと椅子は隅に寄せられて、イーゼルという名の木製の台に、キャンバスが置かれていた。
まだ下書き程度で、なんの絵を描こうとしているのかはわからない。
その他にもキャンバスはたくさんあり、壁のいたるところに立てかけられている。
完成間近であったり、描きかけであったり、進行具合は様々だ。
室内からは油絵の具の匂いがツンとした。
こんな時間に昼寝とは、のん気者だと思ったが、もしかすると夜間は寝ずに作品作りに励んでいたのかもしれない。
左門の目があるからか、一応、真面目に絵を描いているようである。
大吉が少しだけ見直していたら、顔を洗った弥勒が戻ってきた。
幾分すっきりとした顔をして、けれども疲れたような声で愚痴を言う。
「君の社長はん、厳しすぎてあかんねん」
展覧会用の油絵を期日までに一枚仕上げれば良いかと思っていたのに、同時進行ですでに十枚以上も描かされているらしい。
油絵の具は塗っては乾かして、色を重ねていく。