どうせまともな絵は描けずに、追い出されるに決まっていると思うからだ。
一方、弥勒の方は真面目に考えていないのか、ヘラヘラしながらふたつ返事で了承した。
「そりゃあ、ええ話や。絵が描けて三食付きの家があるなら万々歳。わいが本気を出せば、展覧会用の油絵なんて、ぎょうさんできます。わいを拾った社長はんは、高い鼻がさらに高こうなること間違いなしですわ。つきましては、日々の小遣いの方もよろしゅう頼んます」
話がまとまったので、三人は五稜郭を出ることにする。
左門は公園近くに車を止めているそうで、ふたりを乗せて行くと言ってくれた。
「大吉、駐車場まで、弥勒の荷物を半分持ってあげなさい」
「なんで僕が……」
女性やお年寄りの荷物なら持ってあげたいと思っても、怪しい絵描きの手助けなどしたくない。
けれども左門には逆らえず、文句を言いつつ、弥勒の売れない油絵のみ持ってあげた。
すると弥勒が目尻にたくさんの皺を寄せて、わざとらしいほどに大吉を褒める。
「いやー、感心感心。困っている人を助ける道徳心と、年長者の言うことを聞く従順さ。大吉君の爪の垢を煎じて、国中の子供らに飲ませてやりたいなぁ。ところで君は、社長はんの親戚でっか? 一緒に住んではるん?」
「違います。僕は浪漫亭のコック見習い。左門さんの屋敷の掃除などもしてます。住んでいるのは隣の従業員宿舎です」
「なんや、ただの小間使いか。ほんなら大吉でええな」
「なんで呼び捨てにするんですか! 言っておきますけど、弥勒さんの雑用はやりませんから」
周囲にはまだ大勢の市民がおり、飛行機がある方からは、時折歓声が沸き上がる。
それに負けないくらいの大声で大吉達が話していたら、気づけば左門はかなり先を進み、置いて行かれそうになっていた。
「待ってください!」
慌てて追いかける大吉に、左門が振り向かずに言う。