「いい加減に諦めたらどうですか。最初は騙して買わせようとしたくせに、今度は泣き落としですか。宿無しなんて嘘でしょう。左門さんは騙されませんよ」
突然現れ、威勢良くまくし立てた大吉に、弥勒は呆気に取られている。
けれどもすぐに吹き出して、大吉の頭をよしよしと撫でた。
「どこの子か知らんけど、可愛い顔してるなぁ。おっちゃん達、大人の難しい話をしてるんや。悪いんやけど、英雄ごっこは他でやってな」
「僕は十七歳だ。ごっこ遊びをする子供じゃないぞ!」
頭の上の弥勒の手を払い落とした大吉は、左門に振り向いて言う。
「浪漫亭に帰りましょう。この胡散臭い絵描きがついて来ないように、僕が護衛します」
大吉が話しかけても左門は無言でスケッチブックのページを捲るのみ。
なにに興味を持っているのかと大吉が覗き込めば、鉛筆で細やかな絵が描かれていた。
(これは米問屋か? 働く人々が写実的に描かれているな。今にも動き出しそうだ。売りつけようとしていた油絵よりずっといい。へぇ、かなり怪しい男だけど絵は上手いんだ)
スケッチブックに描かれている絵を全て見た左門は、それを弥勒に返して問う。
「白馬会の展覧会は知っているか?」
白馬会とは、明治の中頃に、著名な日本人画家を中心として発足された洋画団体である。
これまでに展覧会が何度か開催され、若き画家達の登竜門となっているそうだ。
左門は、それに挑戦する気があるかと聞いていた。
弥勒はヘラヘラと笑いながら答える。
「いつかは出したい思うてんけど、絵の具を買うにも四苦八苦してるんですわ。今はどうもでけへん。まぁ、急がんでも白馬会は逃げへんし、わいが出品した暁には、各賞総なめ間違いなしや。焦らんでもええねん」
大吉はロイド眼鏡の奥の、おたまじゃくしのような形の目を見ながら、よくもそのような大口を叩けるものだと呆れていた。
突然現れ、威勢良くまくし立てた大吉に、弥勒は呆気に取られている。
けれどもすぐに吹き出して、大吉の頭をよしよしと撫でた。
「どこの子か知らんけど、可愛い顔してるなぁ。おっちゃん達、大人の難しい話をしてるんや。悪いんやけど、英雄ごっこは他でやってな」
「僕は十七歳だ。ごっこ遊びをする子供じゃないぞ!」
頭の上の弥勒の手を払い落とした大吉は、左門に振り向いて言う。
「浪漫亭に帰りましょう。この胡散臭い絵描きがついて来ないように、僕が護衛します」
大吉が話しかけても左門は無言でスケッチブックのページを捲るのみ。
なにに興味を持っているのかと大吉が覗き込めば、鉛筆で細やかな絵が描かれていた。
(これは米問屋か? 働く人々が写実的に描かれているな。今にも動き出しそうだ。売りつけようとしていた油絵よりずっといい。へぇ、かなり怪しい男だけど絵は上手いんだ)
スケッチブックに描かれている絵を全て見た左門は、それを弥勒に返して問う。
「白馬会の展覧会は知っているか?」
白馬会とは、明治の中頃に、著名な日本人画家を中心として発足された洋画団体である。
これまでに展覧会が何度か開催され、若き画家達の登竜門となっているそうだ。
左門は、それに挑戦する気があるかと聞いていた。
弥勒はヘラヘラと笑いながら答える。
「いつかは出したい思うてんけど、絵の具を買うにも四苦八苦してるんですわ。今はどうもでけへん。まぁ、急がんでも白馬会は逃げへんし、わいが出品した暁には、各賞総なめ間違いなしや。焦らんでもええねん」
大吉はロイド眼鏡の奥の、おたまじゃくしのような形の目を見ながら、よくもそのような大口を叩けるものだと呆れていた。