スミスは新聞記者に囲まれて、写真を撮られたり飛行の感想を述べたりと忙しそうだ。
飛行機は触らなければ近くで見てもいいと司会者に言われたため、ロープを(また)いだ観客達が一斉に走りだす。
我先にと突き進む市民達に大吉も交ざっていたが、誰かにドンと押されて松の木に背中を打ちつけてしまった。
その間に、清達とはぐれてしまう。
(何千もの群衆の中で再会するのは難しそうだな。ここで解散か。僕はこの後、浪漫亭の仕事もあるから、別に捜さなくてもいいか……)
飛行機の周囲には幾重にも人垣ができてしまったので、大吉は間近で見るのも諦めた。
左門にひと声かけてから浪漫亭に戻ろうと、片付けの始まっている貴賓席に向かう。
すると大吉より先に、誰かが左門に声をかけた。
立襟のシャツの上によれた着物と袴、足元は下駄。顎下までの寝癖のついた髪に、ロイド眼鏡というセルロイドでできた真円の眼鏡をかけた書生風の男だ。
歳の頃は三十前半であろうか。
なにが入っているのか、パンパンに膨らんだ大風呂敷を背負い、失礼ながら、大吉よりも貧しそうである。
気になった大吉は、左門の背中側からそろりそろりと近づいて盗み聞きをする。
「浪漫亭の社長はんは、美術品に造詣が深いそうじゃおまへんか。新聞に載っとりました。ええ、そうです。女怪盗逮捕の記事ですわ。いやー、立派な御仁や思いましてね。あなた様なら、この絵の価値をわかってくれはるはずや」
どこの方言なのか大吉はわからないが、おかしな話し方をする男は、両手にも風呂敷包みを抱えていた。
それをほどいて三枚の油絵を出すと、左門に見せている。