大吉の前方左側は椅子が並べられており、かつてカフェーにて握手を交わした函館一の富豪、播磨が悠然たる面持ちで座っていた。
その隣の席は市長で、他の二十席ほどには招待客がいる。
招待客は地元の名士や各国の在函館領事、由緒正しき寺院の僧侶や外国人神父などで、その中に左門が交ざっていた。
高身長で体格のいい西洋人と並んでも見劣りしないのは、さすがというべきか。
隣の席の英国人領事から話しかけられた左門は、微笑してなにやら答えている。
その声は大吉のところまで届かないけれど、流暢に英語を話しているのだろうと感じていた。
(外国の偉い人とも対等に話ができる左門さんは、すごいな。こういうのを見ると、僕とは住む世界が違うのかと思ってしまう。いや、僕だって努力すれば、いつかは左門さんのように……)
司会者の紹介で播磨が挨拶した後は、市長、英国領事と続き、やっとウイリアム・スミスの登場である。
草色の航空服に身を包んだスミスは、米国人にしては小柄で細身の体型をしている。
拡声器の前に立った彼は愛嬌のある笑顔を浮かべ、「オハヨゴザイマス」と片言の日本語で挨拶してくれた。
まだ飛んでもいないというのに、観客達はワッと沸いて、拍手喝采をスミスに浴びせていた。
挨拶が終わると、スミスは飛行機まで移動し、操縦席に乗り込む。
「いよいよだな」
大吉が興奮気味に話しかけても、ものすごい歓声の中では隣の友達にさえ届かない。
飛行機のエンジン音が響き、プロペラが回転しているのが見える。
そして走りだした飛行機は、ついに大空へと飛び立った。
秋晴れの空を大きく旋回して、まずは逆さになる。
「これはすごいぞ。なんで落ちないんだ!」
逆さ飛行から横向き、きりもみ回転と、超人的妙技が次々と披露された。
飛行時間は二十分ほどであったが、大吉も他の観客達も充分に満足し、曲芸飛行は終了となった。