「大吉、食欲がないのか? それなら食べてやろう」
大吉の曲げわっぱの弁当箱には、敷き詰めたご飯の上に焼いたメザシ二匹とたくあん、昆布の佃煮や梅干しなどがのっている。
それらのおかずは、従業員宿舎の食堂に、朝飯用に用意されていたものだ。
いつも自分で適当に詰めており、心が躍ることのない地味な弁当なのだが、今日は大吉の好きな卵焼きが四切れも入っている。
それは柘植が弁当用にと焼いてくれたもので、見た目は少々不恰好でも、口に入れると甘みと出汁の香りがして美味である。
なにより大吉のためを思って作ってくれたことがありがたいのに、残り三切れのひとつを幸治に奪われそうになって、大吉は慌てて弁当箱を抱え込んだ。
「この僕が食欲不振になるわけないだろう。メザシなら、なにかと交換してやるけど、卵焼きは駄目だ」
「ちぇっ」
母親が作った握り飯を食べている幸治は、黒板横の振り子時計に目を遣り、「休むのかな」と呟いた。
幸治も清のことを気にしているようだ。
「あの丈夫な清が、ついに風邪をひいたのか」
「まさしく鬼の霍乱(かくらん)だな。見舞いに行こう」
授業のノートを持って、帰りに清の下宿先に寄る相談をしていたら、教室のドアが開いた。
清が目を擦りながら入ってきたので、大吉達はホッとする。
「大胆な寝坊だな。もう昼だぞ」
「のんき者め」
隣の机に風呂敷包みを置いた清は、ふたりのからかいが耳に入っていないかのようにぼんやりとしていた。
よく見れば、白目が充血して瞼は腫れぼったく、ただの寝坊ではなさそうだ。
立ち上がった大吉達は、着席した清を囲んで心配する。
「一晩中、泣いていたような目をしてるな」
「なにがあったんだよ。聞かせてくれ」
ふたりと視線を合わせた清は、つらそうに顔をしかめ、弱々しい声で言う。