浪漫亭内を案内して、わざわざ金庫の解錠のヒントを与えたのも然りである。
文子に反論はないようで、なにもかも暴かれてしまったと知った後は、もがくのをやめていた。
代わりに瞳に涙を浮かべ、声を震わせて懇願する。
「お願いです、見逃してください。もう二度と盗みはしません。私がいなくなれば、家族はどうやって生きていけば良いのか。監獄には入りたくない……」
収監される建物が刑務所と名を変えてから三年ほど経つが、市民には監獄という古い呼び名の方が浸透している。
その響きの通り、つらく苦しい生活が待ち受けているのだ。
想像しただけで大吉はゾッとする。
しかし文子の一番の懸念は、家族の生活だ。
文子がいなければ、師範学校に通っているという弟は、退学して働きに出なければならないだろう。
卒業したら安定した職と給料を得られるというのに、それを諦めねばならないのだ。
上の弟ひとりが働いて生活できるのならまだいいが、文子のような稼ぎは得られまい。
一家は困窮し、入院費が払えないことで、母親は病気のまま帰されるかもしれない。
大吉は深く同情し、文子と一緒に目に涙を浮かべていた。
取り押さえている穂積まで、肩を震わせる文子を哀れみ、渋い顔をして唸っている。
一方、左門だけは侮蔑の視線を文子に浴びせ、冷たく言い放つ。
「泣き落としが私に効くと思っているのなら、愚かなことだ。これから警察を呼ぶ。観念したまえ」
「さ、左門さん、待ってください。可哀想ですよ。反省しているようですし、一度だけやり直す機会を与えてあげてください」
涙を流す文子が哀れでならない大吉は、「お願いします」と頭を下げた。
すると、大吉にまで冷たい視線を向けられてしまう。