左門の作戦を聞いて、やっと捕獲までの脚本を理解した大吉であったが、ふと疑問が浮かんだ。
「金庫を開けられるのでしょうか。イロハ錠は二十三文字ですよね。ということは……何通りだろう」
「九万七千三百三十六通りだ。それらを全て試さなくても、女怪盗は開けられる。これまでに何度か変装して、私や周囲の者に接触していたのだよ。解錠の暗号が猫の名前だという情報は握っている。私の屋敷内の間取りや、どこに金目のものを置いているかも知っている。うっかり漏らした者がいるからな」
「そうなんですか。相手の正体を知らなかったとはいえ、左門さんの個人情報を勝手に話すなんてひどい奴ですね」
なぜか呆れの目を向けられてしまったが、大吉は少し首を傾げただけで気にしない。
それからは無言で見張り続けていたら、浪漫亭の二階の窓辺に小さな明かりが見えた。
「動き出したようだ。我々も移動しよう」
左門に促され、大吉は鼻息荒く立ち上がる。
今頃、女怪盗は金庫の鍵開けに挑んでいるところだろうか。
こんな時でも左門は紳士的に山高帽を被り、ステッキを手にしている。腰には、火を入れていないオイルランプを携えていた。
そっと外に出たふたりは、従業員宿舎と屋敷の庭とを隔てる楓の木の陰に身を隠した。
玄関と勝手口の鍵は同じものだという。
女怪盗がどちらから侵入しようとするのかわからないので、玄関側には穂積が潜み、勝手口側は左門と大吉が見張る。
庭は隅に花壇あり、物干し台と鉄製のテーブルや椅子が置かれているだけで、他は広々とした芝生である。
ここなら取り押さえるのに都合がいいと思われた。
息を潜めてじっと待つこと十五分ほどして、夜の静寂の中に、浪漫亭の玄関ドアが開けられた音がした。
「来ましたね」
大吉がヒソヒソ声で張り切れば、「しっ」と(いさ)められる。