貴金属か、有名作家の蔵書印の押された古書か、価値ある巻物か、はたまた株券などの資産そのものかと独り言のように言い、桐箱に向けた目をキラリと光らせる。
青年にとって価値ある品とは、そういうものを指すのだろう。
しかしながら大吉は、胸を張って否定した。
「そんなつまらない物じゃありません。僕の宝物は、これです」
大吉が桐箱の蓋を開けると……写真や、カフェーのマッチ箱が大量に現れた。
マッチ箱は、昨年四月に函館に来てからせっせと集めたもので、三十余りある。
金のない学生はカフェーに立ち入ることさえできないが、店から出てくる紳士に声をかけて譲ってくれるよう交渉したり、『マッチだけ売ってください』と店の戸を叩いたりしたこともあった。
どれもこれも大人の世界の香りがして、絵柄や文字を眺めるだけで胸を高鳴らせることができるのだ。
写真もその類で、“ブロマイド”と呼ばれる美人写真である。
時の女優や人気の芸妓のブロマイドは、地元から東京に引っ越した友人が送ってくれたものだ。
最近は有名人に真似てカフェーの看板女給も、自身の写真を売り始めた。
カフェーの建ち並ぶ繁華街で出勤前の女給に声をかけ、仕送りをやりくりして捻出した金で直接買ったものが十五枚。
大吉は誇らしげな顔をしてそれを説明し、「どうですか。僕の宝物は凄いでしょう」と大いに自慢した。
青年の瞳が冷えたように見えるのは、気のせいか。
再び刻まれてしまった眉間の皺は、大吉に対する呆れ……いや、助けたことから桐箱の中身に期待したことまで、全てをひっくるめて悔いているように見えた。
その時、誰かが人垣を掻き分けるようにして出てきて、大吉を見つけると駆け寄った。
「大吉君、ああ無事だったんだね。良かったよ」
息を切らしてそう言ったのは、坂田屋の女将だ。
結い髪は解けて、焦げたように所々が縮れている。
頬は靴墨を塗ったように黒い。