円城寺士門の謎解きディナー〜浪漫亭へようこそ〜

ひとつはどこかの金持ちが、音羽館を今日だけ貸し切ったという話だ。
(もしや、左門さんの仕業か……?)
一昨日の夕方、湯上りのガウン姿の左門は、突然、音羽館へ行くと言って出かけていった。
大吉の話を聞いて活動写真を観たくなったのかと思ったが、そうではなく、貸切を交渉しに行ったのではないだろうか。
その目的は、清と文子のランデブー場所を、浪漫亭に変えるためだろう。
それは推測できても、理由は依然としてわからない。
疑惑の目を向けた大吉だが、視線は合わず、左門は後ろ手を組んで悠然としている。
企み事をしているという悪びれた雰囲気は、微塵も感じられなかった。
もうひとつの引っかかる点は、級友ふたりが『左門さん』と親しげに呼んだことだ。
左門は、大蔵の姓が好きではない。
おそらく、そう呼ぶように左門が言ったのだと思われるが、それを含めて大吉は面白くない。
(左門さんと呼んでいるのは、従業員の中でも、僕と柘植さんだけだぞ。今日初めて会ったふたりが、随分と馴れ馴れしいな。呼べと言われても、遠慮すればいいのに)
その不満は誰にも伝わらず、横目で大吉を見た左門が言う。
「ディナーの前に二階を案内しよう。大吉も全てを見たことがないだろう。ついてきたまえ」
二階には四つドアがあるけれど、左門の言う通り、大吉は特別室に二度入っただけで他の部屋を見たことはない。
興味をそそられ、「はい」と返事をすればもう、先ほどの不満は忘れていた。
ひとつ目のドアの鍵を左門が開け、天井照明をつける。
すると一階ホールの半分ほどもある広い空間が開けた。
壁には何十枚もの絵画や書が掛けられ、彫刻や陶磁器など、和洋様々な作品が複数飾られている。
それは、さながら美術館のようだ。
大きなテーブルと複数の椅子が中央に置かれているけれど、布で覆われ、長いこと使われていないようだ。