数秒遅れていたら青年は炎に包まれ、黒焦げになっていたことだろう。
庭にまで熱気が襲いかかり、燃えて崩れた板壁がボロボロと落ちてくるので、ふたりはひとまず非難する。
通りにはやっと到着した消防組の男達が、消火を始めていた。
大八車に乗せられた腕用(わんよう)ポンプが三台、燃え盛る坂田屋を囲んでいる。
揃いの法被(はっぴ)を着た屈強そうな男達が、左右に突き出た朱色の取っ手を握り、「エイサ、エイサ」と漕いでいる。
ホースからは勢い良く水が噴き出し、心配そうに見守る大人をよそに、子供らは無邪気な歓声を上げていた。
放水の見物をしているのは、百人ほどだろうか。
狭い商店街の細道は人いきれで、息苦しいほどである。
大吉と青年は、火事場と人垣から離れた場所で足を止め、向かい合う。
大吉の腕には宝物が入った桐箱がしっかりと抱えられており、喜びと安堵で頬がすっかり緩んでいた。
「ありがとうございます。このご恩は決して忘れません」
大吉の深い感謝に青年は、「ああ」と上の空で返事をし、懐に押し込んでいた山高帽を取り出した。
それを確かめ、型崩れしてしまったことに眉をひそめている。
不満げな顔で、できるだけ形を整えてから被り直した青年は、今度は胸ポケットからハンカチーフを取り出す。
光沢のある白いハンカチーフは、おそらくシルクであろう。
惜しげもなく高級品で、頬と手についた煤を拭った彼は、やっとひと息つけると言ったように眉間の皺を解く。
琥珀色の瞳が大吉に向けられ、なにかを期待しているような声で「さて」と言われた。
「宝箱とやらの中身を見せてもらおう。君のために危険を冒して取りに行ったのだ。見せないとは言わせない」
「は、はい。もちろんです」
大吉の返事に満足げに頷いた青年は、箱の中身を予想する。