円城寺士門の謎解きディナー〜浪漫亭へようこそ〜

その会話にコック達が一斉に笑ったが、大吉は「ん?」と目を瞬かせた。
穂積に振り向いて聞く。
「左門さん、もう帰ってきたんですか?」
左門は二十分ほど前に、自動車で出かけていったばかりだ。
それというのも、音羽館まで、清と文子の送迎をしてやると言い出したのだ。
まさか一昨日の大吉の話で、清の恋を応援してやりたくなったわけではないだろう。
一体なんの魂胆があって運転手役を買って出たのか、さっぱりわからない。
“送迎”と言っていたので、帰りも乗せるつもりかと思っていたが、こんなに早く戻ってきたということは往路だけのようである。
穂積に二階へ行くよう指示された大吉は、清の様子でも報告してくれるのかと予想し、ホールへ出る。
隅にある階段を上って二階の床板を踏んだら、「あっ」と驚きの声をあげた。
左門が廊下の真ん中で立ち話をしており、その相手は学生服姿の清と幸治、それと流行りの幾何学模様の着物を着て日本髪を結った文子である。
音羽館へ行ったはずの三人が、なぜここにいるのかと疑問に思い、大吉は駆け寄ってわけを尋ねた。
清が頭を掻きながら言う。
「今日はどこかの金持ちが貸し切っているらしく、一般客は入れなかったんだ。下調べが不十分で面目ない。困っていたら、左門さんが浪漫亭でご馳走してくれると言ってくださって。助かったよ」
新聞広告の切り抜きを集めるほどに自動車好きの幸治は、興奮冷めやらぬといった様子だ。
「自動車に乗せてもらえただけで僕は楽しかった。さすがロールスロイス社のシルバーゴースト。乗り心地は抜群だ。親切な左門さんの下で働ける大吉は、幸せ者だなぁ」
今日も薄化粧の文子は、大人しそうな笑みを浮かべ、コック服の大吉に頭を下げた。
「ご招待に預かりました。ありがとうございます」
事情はわかったが、大吉には引っかかる点がふたつある。