「清はいいなぁ」と大吉が呟いたら、左門がグラスを置いて立ち上がる。
なにがおかしいのかクツクツと笑い出し、ソファー越しに大吉の両肩を掴んでニヤリとした。
「役立たずと言ったことを訂正しよう。君はその名の通りのラッキーボーイだ」
「ラッキーボーイ? なんですか、それは」
「私に幸運をもたらす者、という意味だ」
「はあ」と生返事をした大吉は、西洋彫刻のように整った左門の顔を見上げて目を瞬かせる。
(仕立て屋に食いついていたようだけど、腕の良い縫製職人でも探していたのか? これ以上背広を作ったら、衣装部屋がひとつじゃ足りなくなりそうだ)
大吉の疑問をよそに、左門は手帳と茶封筒を手にすると、ドアへ向けて歩きだした。
「出かける。私が帰るまで留守番をしたまえ」
「今日の仕事は終わったと言ってましたよね。どこへ行くんですか?」
「私用だ。まずは音羽館へ行く」
急いでいる様子でそれだけ言うと、左門は廊下に足を踏み出した。
けれども思い直したように振り向き、大吉に注意を与える。
「グラスを洗っておきたまえ。ベネチアングラスに、くれぐれも傷をつけぬようにな」
左門が大吉の視界から消え、衣装部屋のドアが開けられた音がした。
きっと着替えているのだろう。
大吉は長椅子を回ってテーブル上のグラスに手を伸ばす。
赤く色付けされたグラスは金装飾が施され、異国の雰囲気が漂っている。
もし割ってしまったらと恐々手にしつつ、なぜ突然、音羽館に行こうしているのかが気になった。
(活動写真の話をしたから、観たくなったのだろうか……)
今、上映中なのは、チャップリンの『巴里の女性』だ。
色恋事に興味のなさそうな左門が、はたして恋愛物の活動写真を観たくなるものなのかと、新たな疑問が生じる。
左門の考えが読めず、首を傾げるばかりの大吉であった。
金曜日になり、今日は清と文子が活動写真を観に行く日である。
なにがおかしいのかクツクツと笑い出し、ソファー越しに大吉の両肩を掴んでニヤリとした。
「役立たずと言ったことを訂正しよう。君はその名の通りのラッキーボーイだ」
「ラッキーボーイ? なんですか、それは」
「私に幸運をもたらす者、という意味だ」
「はあ」と生返事をした大吉は、西洋彫刻のように整った左門の顔を見上げて目を瞬かせる。
(仕立て屋に食いついていたようだけど、腕の良い縫製職人でも探していたのか? これ以上背広を作ったら、衣装部屋がひとつじゃ足りなくなりそうだ)
大吉の疑問をよそに、左門は手帳と茶封筒を手にすると、ドアへ向けて歩きだした。
「出かける。私が帰るまで留守番をしたまえ」
「今日の仕事は終わったと言ってましたよね。どこへ行くんですか?」
「私用だ。まずは音羽館へ行く」
急いでいる様子でそれだけ言うと、左門は廊下に足を踏み出した。
けれども思い直したように振り向き、大吉に注意を与える。
「グラスを洗っておきたまえ。ベネチアングラスに、くれぐれも傷をつけぬようにな」
左門が大吉の視界から消え、衣装部屋のドアが開けられた音がした。
きっと着替えているのだろう。
大吉は長椅子を回ってテーブル上のグラスに手を伸ばす。
赤く色付けされたグラスは金装飾が施され、異国の雰囲気が漂っている。
もし割ってしまったらと恐々手にしつつ、なぜ突然、音羽館に行こうしているのかが気になった。
(活動写真の話をしたから、観たくなったのだろうか……)
今、上映中なのは、チャップリンの『巴里の女性』だ。
色恋事に興味のなさそうな左門が、はたして恋愛物の活動写真を観たくなるものなのかと、新たな疑問が生じる。
左門の考えが読めず、首を傾げるばかりの大吉であった。
金曜日になり、今日は清と文子が活動写真を観に行く日である。
