「好みでなくても、しっかり覚えている女性もいますよ。この前、級友の恋の手助けをしたんです。薄化粧で色気不足の顔でしたけど、文子さんのことは忘れていません」
大吉は聞かれてもいないのに、清と文子について話しだした。
文子の不幸な境遇や、それに負けずに自分の稼ぎのみで弟妹を養っていること。
清が文子との結婚を考えていて、ランデブー計画を立てていることまで教えた。
左門は似顔絵をテーブルに置くと、冷たい紅茶で喉を潤している。
大吉の話に少しの興味もないように思われたが、グラスを持つ手をピタリと止めると、急に振り向いた。
「今、なんと言った?」
「へ? 音羽館に活動写真を観にいく日が、ついに明後日に決まったと言ったんです」
「違う、その前だ。文子という娘は、仕立ての仕事をしているのか」
「はい。仕立て屋の下請けですね。自宅でミシンを踏んでいるそうです」
左門がなぜ文子の職業に興味を持ったのかはわからないが、無視せずに話を聞いてくれるのが嬉しく、大吉は知っている情報を全て話した。
仕立ての腕前が優れているので、弟妹の生活費や学費、母親の入院費を支払って、さらに弟に自転車まで買い与える余裕があるということを。
会った時に身につけていた着物やかんざし、草履も素敵なものであった。
「文子さんは凄腕の縫製職人で忙しいらしいです。仕事の納期があってすぐには行けないと待たされていたんですけど、やっと明後日行けると言われて、今日の清は授業中まで浮かれていました」
清の舞い上がりようは、それはもう、うざったいほどで、大吉は思い出してため息をついた。
親友の恋を応援したい気持ちは本物だが、同時に悔しくも思ってしまう。
(僕は牡丹さんに振られたばかりだというのに、清の奴は慰めてもくれなかった。というより、明後日のことで頭が一杯だから、僕の話が耳に入っていなかったよな……)
大吉は聞かれてもいないのに、清と文子について話しだした。
文子の不幸な境遇や、それに負けずに自分の稼ぎのみで弟妹を養っていること。
清が文子との結婚を考えていて、ランデブー計画を立てていることまで教えた。
左門は似顔絵をテーブルに置くと、冷たい紅茶で喉を潤している。
大吉の話に少しの興味もないように思われたが、グラスを持つ手をピタリと止めると、急に振り向いた。
「今、なんと言った?」
「へ? 音羽館に活動写真を観にいく日が、ついに明後日に決まったと言ったんです」
「違う、その前だ。文子という娘は、仕立ての仕事をしているのか」
「はい。仕立て屋の下請けですね。自宅でミシンを踏んでいるそうです」
左門がなぜ文子の職業に興味を持ったのかはわからないが、無視せずに話を聞いてくれるのが嬉しく、大吉は知っている情報を全て話した。
仕立ての腕前が優れているので、弟妹の生活費や学費、母親の入院費を支払って、さらに弟に自転車まで買い与える余裕があるということを。
会った時に身につけていた着物やかんざし、草履も素敵なものであった。
「文子さんは凄腕の縫製職人で忙しいらしいです。仕事の納期があってすぐには行けないと待たされていたんですけど、やっと明後日行けると言われて、今日の清は授業中まで浮かれていました」
清の舞い上がりようは、それはもう、うざったいほどで、大吉は思い出してため息をついた。
親友の恋を応援したい気持ちは本物だが、同時に悔しくも思ってしまう。
(僕は牡丹さんに振られたばかりだというのに、清の奴は慰めてもくれなかった。というより、明後日のことで頭が一杯だから、僕の話が耳に入っていなかったよな……)
