もちろん百貨店勤めだというのは嘘であり、教えられた住所に住まいはなかった。
騙された結果の賢治は、妻子からの信頼を失い、親族からも呆れられた。
警察に被害届は出していない。
一族の醜聞だということで、播磨が届出を許さなかったそうだ。
玉が穴に落ちる音が響いた。
左門が九番玉を落とし、二試合目も勝利する。
播磨は悔しがることなく、ビリヤード勝負などどうでもいいと言いたげに棒を置くと、声を低くした。
「どこから聞いたのだ?」
「情報提供者は明かせません。ご勘弁を」
「君は私を脅すのか?」
「この情報を取引材料にする気はありませんのでご安心を。ただ、チャンスはいただきたい。女怪盗に逃げられて、さぞ悔しいことでしょう。賢治さんも、あなたも。私が正体を暴いて捕らえることができたら、港の使用権を適正価格で分けてください」
左門は穴に落ちた色玉の全てを台の上に戻し、中央に四角く並べる。
それから手玉を突いて大きな音で色玉を弾き、ひとりで遊び始めた。
播磨は渋い顔で腕組みをして、左門の提案に悩んでいる様子である。
大吉はごくりと唾をのむ。
(商談は断られて終わりかと思ったのに、今は左門さんが優位に立っている。函館一の実業家と渡り合えるとは、すごいな……)
張り詰めた空気を感じてか、女給達は顔を寄せ合い、「今日はやりにくいわね」などと小声で話している。
牡丹だけは無言で左門を見つめており、その目つきは鋭い。
それに気づいた大吉が、「牡丹さん?」と声をかければ、彼女はハッとしたように笑みを取り戻して、突然、大吉の頬に口付けた。
驚くと同時に耳まで火照らせた大吉に、牡丹が甘く誘う。
「ねぇ大吉君。今度ふたりきりで、外で会いましょう?」
「僕とランデブーですか!?」
大吉にとって牡丹は憧れのお姉さんであり、店での接待を望んでいただけで、色恋事までは夢みていなかった。
騙された結果の賢治は、妻子からの信頼を失い、親族からも呆れられた。
警察に被害届は出していない。
一族の醜聞だということで、播磨が届出を許さなかったそうだ。
玉が穴に落ちる音が響いた。
左門が九番玉を落とし、二試合目も勝利する。
播磨は悔しがることなく、ビリヤード勝負などどうでもいいと言いたげに棒を置くと、声を低くした。
「どこから聞いたのだ?」
「情報提供者は明かせません。ご勘弁を」
「君は私を脅すのか?」
「この情報を取引材料にする気はありませんのでご安心を。ただ、チャンスはいただきたい。女怪盗に逃げられて、さぞ悔しいことでしょう。賢治さんも、あなたも。私が正体を暴いて捕らえることができたら、港の使用権を適正価格で分けてください」
左門は穴に落ちた色玉の全てを台の上に戻し、中央に四角く並べる。
それから手玉を突いて大きな音で色玉を弾き、ひとりで遊び始めた。
播磨は渋い顔で腕組みをして、左門の提案に悩んでいる様子である。
大吉はごくりと唾をのむ。
(商談は断られて終わりかと思ったのに、今は左門さんが優位に立っている。函館一の実業家と渡り合えるとは、すごいな……)
張り詰めた空気を感じてか、女給達は顔を寄せ合い、「今日はやりにくいわね」などと小声で話している。
牡丹だけは無言で左門を見つめており、その目つきは鋭い。
それに気づいた大吉が、「牡丹さん?」と声をかければ、彼女はハッとしたように笑みを取り戻して、突然、大吉の頬に口付けた。
驚くと同時に耳まで火照らせた大吉に、牡丹が甘く誘う。
「ねぇ大吉君。今度ふたりきりで、外で会いましょう?」
「僕とランデブーですか!?」
大吉にとって牡丹は憧れのお姉さんであり、店での接待を望んでいただけで、色恋事までは夢みていなかった。
