円城寺士門の謎解きディナー〜浪漫亭へようこそ〜

手玉をビリヤード台に置いた左門は、憎らしいほど板についた仕草で棒を構えた。
「やり方が気に入らないのですよ。戦争特需で財を築いたことも、新たな戦火を期待している醜い野心も。父を含めた大蔵家の全ての者に嫌気がさしたのです」
ビリヤード台の壁に当たった八番玉が、角の穴に落ちた。
その音を聞きながら、大吉はあることを思い出していた。
下宿先が火事になり、左門に拾ってもらった日、大吉が『大蔵さん』と呼んだら、大蔵の姓が好きではないと言われた。
金持ちに似合いの姓だと揶揄されたことがあるのではと、理由を考えた大吉であったが、そのような単純な話ではなかった。
(血が流される戦争で儲けたと喜ぶのは、僕も嫌だな。けれど左門さんのように日本一の資産を受け継がず、放棄する勇気はない。うちはしがない漁師だから、考えても仕方ないけれど……)
「大蔵商会……」
牡丹の独り言が耳元に聞こえて、大吉の意識が女給達に戻される。
腕に肩に擦り寄ってくるお姉さん方の柔らかさに鼻の下を伸ばしたら、九番玉に狙いを定めている左門の声が低くなった。
「港の使用権と私の実家のことでの取引はできかねます。ところで、賢治(けんじ)さんについて、小耳に挟んだのですが……」
左門の話によると、賢治という名の播磨の弟も、例の女怪盗の被害者であるそうだ。
化粧品売り場に勤務しているという、若い美女が百貨店内で声をかけてきたことがきっかけで、数回の逢瀬を重ね、男女の関係になったらしい。
そして十日ほど前、妻子の留守に家に上げてしまったら、金庫に保管していた現金や株券を盗まれてしまったという。
金庫のイロハ錠を、初恋の女の名にしていたのも間違いであった。
女怪盗は賢治との他愛のない会話から、金庫の鍵に設定しそうな単語を頭に留めておき、幾つかを試して解錠に成功したと思われる。
女怪盗とはそれっきりだ。