円城寺士門の謎解きディナー〜浪漫亭へようこそ〜

「私を誘ったのは、港の使用権が欲しいためだろう。役所の人間が、許可の範囲を広げる検討をしていると言ってきた。君が掛け合ったのか」
「ご名答です。ご存知ならば話が早い。私に使用権を分けてください」
左門は七番玉を落とせず、順番が播磨に移る。
話題が核心に触れた動揺からなのか、それとも意図してなのかは、微笑する美麗な顔からは読み取れない。
棒を構え、じっくりと狙いを定めて七番玉を落とした播磨が、ニヤリとして取引を持ちかけた。
「それで私はなにを得られるのか。金だなどとつまらぬ事を言うなよ。君の父親には一度振られたことがある。話し合う場を設けてくれるのならば一考しても良い」
「大蔵の家は、大震災からの復興途中です。事業提携の余裕はないでしょう。第一、私はあの家を出た人間ですので、なんの権限もありません」
「君は長男だろう。なぜ家督を継がぬ」
播磨が力を込めて手玉を弾くと、八番玉に当たらずに跳ねて、大吉の足元に転がってきた。
それで大吉の意識が、ビリヤード台の方へ移る。
(左門さんの実家の話をしているな。播磨さんを下に見るほどの大富豪なのか? ということは、もしや、あの大蔵なのでは……)
大蔵家は、大吉の学校の教科書にも載っているほど有名だ。
江戸時代の終わりに大蔵商店という一介の製糖所として店を構えたところから始まり、製粉、製鉄、造船、煙草と事業を拡大し続けて、大企業へと成長した。
大蔵商会と名を変えてから、先の世界大戦では輸出で大儲け。
同盟国の塹壕(ざんごう)土嚢(どのう)に使われた小麦袋には、どれもこれも大蔵商会の屋号が押されていたという。
大蔵家の資産は、日本一と言っても過言ではないだろう。
転がってきた手玉は、美子が拾って左門に渡した。
左門の実家の正体を初めて知った大吉は、驚きに口を開けている。