(起) パペルの塔
                    

〇一・ 小説家: 美味賜 香子(うまし・かこ)の日常。


 不滅の人気を誇る熟練エンタメ作家・美味賜香子(うまし・かこ)は筆がノッていて今夜も御機嫌だった。

 もちろん、うまくいかない原稿の時だってある。
 締切直前まで良いネタが出なくて、ねじり鉢巻きでうんうんと苦吟するSF短編とか。
 書いてる途中でトリックが破綻していることに(自分で)気がついてしまって大絶叫する、苦手の中編推理とか。

 でもいま書いているのは大得意の定番の、超がつく人気長編エンタメ小説の…続きで。
 おなじみの連中がいつものごとく、ばったばったと!
 跳んだり蹴ったり斬りあったり、
 殴り合ったり罵り合ったり…の、大騒ぎ。

「おいおい、頼むから作者想定外の突発エピだの乱入する新キャラだの、

(いつものことだが)勝手に増やしてくれるな…!!」

 …と、抗議の作戦タイムを挟んで。
 構成練り直しの全キャラ参加・脳内会議を展開するのも、また楽し…。

 なんとか新刊一冊分の、編集者から文句は出ないで済む程度の…枚数オーバーで。
 それなりに読者サマをはらはらさせる起承転結と、次巻も絶対に買わせてやるぜ!
 てな、ケレンミたっぷりの『引き』を作って…

 無事終了。

「用件:『折れなきゃ曲げろ!』新刊。第三稿・完了。」
 の文字だけつけて、添付メールでさくさく送信。

「返信:『おれまげ』拝領しました。これから読みます~!…徹夜で ♡ 」
 と、
 担当編集から即返が来たのを確認して、やれやれとノーパソを閉じた。

 予定時間を二時間もオーバーしてしまった。
 二十三時じゃないか。

 寝ないと、寝ないと…!

 ざっくりシャワーだけ浴びて。
 いいかげん痒くなりかけてた頭を丁寧に洗って。
 薄い漫画を選んで。

 暖かい、お気に入りの寝床で。
 二十四時ちょっと前には。

 楽しく寝落ちしました…。


     *


 …おっと、朝だ。
 目覚まし時計は六時を指している。

 うん。ちょっくら(予定通りに)寝過ごしたけど。
 その分きちんと六時間睡眠はとれたね。
 よしよし。

 起き出して、カーテンを開けると…

 快晴!

 やれやれと、歓びながら、ざっくり洗顔と着替えだけ、済ませて。
 ぬるめのカフェオレをがぶ飲みして、常備品のチョコクッキーを何枚か、かじって。

 つっかけ引っかけて窓の外へ出ると、そこは、大好きな、
 屋上庭園…♡

 ハーブガーデンエリアは朝陽と朝露を浴びて元気に輝いているので…
 今日は、世話は要らないね?

 雑草エリアと化していた根菜コンテナの草引きと…
 トマトの芽かきと、ナスの剪定も、しようか?
(時間あるかな?)

 土いじりが楽しくてやっているだけなので、収穫の出来不出来は、あんまり気にしちゃいない。
 無農薬で、堆肥も自家製で。(もっぱら飲んだ後のコーヒー豆の殻が主原料だ。)
『なんちゃって農園気分』を味わうためだけのものなので…
 楽しい。

 空は広いし、ペントハウスの柵ごしに、本物の自家農園と、自社牧場が一望できるし。
 山は青いし、森は新緑の季節で、キノコや山菜や薪や木炭や、どんどん作れる季節だ。

 …これに勝る、幸せはない…♡

 深呼吸して、うーんと幸せを堪能しながら、のんびり農作業ごっこをしていると。
 背後の室内から、ぴーぴーと、内線が呼ぶ音が響いた。

 わざと無視していると…

 数分して、わざわざ呼びに来る足音と声がする。

「先生~? …先生~?」
「カコでーす!」
「…カコさーん。…朝食できてますけど、どうしますか~?」
「いま行く~!」

 わざわざ呼びに来てもらえるのが、嬉しい。
 …ので。
 わざと、内線を無視しているのは…

 内緒~☆





〇二・ 調理師:佐藤和子(さとう・かずこ)の仕事。


 朝は四時には起きる。週五日勤務の、仕事のある日には。
 五時半までが自由時間で。
 いつも話題の振幅幅がとても大きい先生に、後れを取らないよう。
 幅広く、かつ自分なりに厳選したニュース速報群にざっと目を通しながら。
 まずはトーストとコーヒーだけの、簡単な自分朝食。
 時間が余れば読みかけの資格取得教材の続きをちょっと眺めて。

 六時からが勤務時間。と、自分で決めている。

 広いメイン食堂の広い調理場で。
 オーブンに火を入れ、お茶用ポットの湯量と温度を確認し。

 夜中に勝手に冷蔵庫を開けて夜食を食い散らかした連中の。
 だらしなくも乱れ、とっちらかっている洗い物を…
 (秘かに怒り狂いながら)ざっと洗って拭いて、収納(しま)って。
 手早く仕込みにかかる。

 …あ…ッ!!!

 ひどいッ…!

 今朝のメイン野菜の予定だった、自慢のピクルスサラダ!

 半分? 食べちゃったの…

 誰ッ!!!!?

 …まぁ犯人の目星なんか簡単につく。
 怒り狂いつつも、溜息ついて、諦めて…

 残ったピクルスサラダじゃ、見るからに量が足りない。
 急いで…
 作れるものは…?

 …よし。

 とっておきの梅干しを棚の奥の甕から出して。
 ごりごりと。
 すりこぎで、梅肉だけを手早くはがして潰して。

(種は、後でお茶にしよう。)

 片手間で、小ぶりの新ジャガをたくさん。
 皮ごと、丸ごと茹でて…
 急いで冷まして、皮をぷりぷりはがして…

『 茹で新ジャガの、ざっくり梅肉和え♡ 』

 これなら…
 先生の好物♡


     *


 ご飯は炊けた。パンも並べた。
 味噌汁もスープも用意はできた。
 和洋どちらにも合うよう味付けを工夫している煮物と漬物は、すでによそった。

 肉や魚や卵や豆腐は、食べる人間が来てから。
 リクエストを聞いて、用意するから…

 …よし。七時。ジャスト。

 全室一斉通報のインターホンを押す。
『朝食でーす!』
『…うぉーい!』
『いま行きまーす!』
 律義に返事をしてくれるのは、だいたい、二人だけだ。

『…先生? 先生ー??』
 内線越しに叫んでみても、例によって、先生からは、
 …返事なし。

 …窓を開ける音は聞こえたんだから、今日は、もう起きては、いるはず…
 一番近い直通の内階段に至るドアを開けて、パタパタとペントハウスに駆け上がる。

「先生~? 朝食できてますけど、どうします…?」
「いま行く~!」
 たいがい、先生はニコニコとすぐに振り向いて、待っていたように、応えてくれる。

 …たぶん、自分が毎朝のんびりと眺めている、屋上からの…
 広大な、朝の光景を。

 一日厨房に籠りっきりの自分に、一目、見せたくて。
 わざわざ…、
 呼びに来させて、くれている…?

 …んじゃないかな?
 …と、思う…。(嬉しい。)


     *


 その後しばらくは。
 ちょっとした戦場だ。

「おぁよう~! あたしサカナー! デカイの焼いてー!」

 はいはい。魚種はなんでもいいんですよね知ってます。ホッケ特大でいーですねッ?
 そんなことだろうと用意していた上物の生干しのホッケを網に載せてグリルにかける。

 リクエストの主は、女性とも思えない大股で半あぐらをかいて。
 どんと! 真ん中の椅子に座って。

 まず番茶をすする。

 ワイルドとしか言いようがない、この蛮族のごとき。
 寝乱れたままの男物のパジャマと、オヤジのごとき物腰の人物は。
 これでも一応、(驚くことに!)…うちの敏腕有能・美人(女性)営業部長!
 …であったり、する…。

(食卓での傍若無人ぶりを観る限り。
 常識的かつ社会的な、気配り?なんか、出来そうに、思えないのに…!)

 深夜のピクルスサラダ大量窃盗犯も、二分の一の確率で…、
 いや、今日の場合、間違いなく…
 こやつが主犯であろう。
 と、思うが。

「…だって、カコさんが最初に、
『自分の家だと思ってくつろいでね。』って、言ってくれたし~?」

 …と、開き直られるだけなので。
 へたに追及するだけ、無駄だ…。

 …と。
 いつものように、怒りの拳をなだめる。

 …まぁ。
 肝心の、カコ先生が。

 いつものように。
 歌うように、踊るように、ちょっと…お行儀悪く。
 お箸を音楽家の指揮棒のように、振り回したり…、しながら。

「美味しい~♪ 美味しい~♪」

 と、連呼しながら。

 即席追加メニューの『新ジャガの梅肉和え』を。
 みごとな勢いでがつがつかっこんで。

「おかわり!」まで、要求してくれた…♡
 ので。
 まぁ。
 怪我の功名ということで。
 赦すとしますか…。


     *


「おはようございまーす! 遅れてすいませーん!」
「べつに遅れてないよー?」
 これも、いつもの会話だ。

「先生、原稿あがったんですね? 次の打ち合わせの予定、確定しちゃっていいですか?」
「うん。明日以降ならオッケー」
「進めておきます」
「よろしく~」

「…卵はどうしますか?」
「具入りのダシ巻でお願いします♡」

 …だいたい毎朝これだけど。
 たまに違うリクエストも来るから、うっかり焼いておくわけにもいかない…。

 ダシ巻用の縦長フライパンに手早く生卵を割り入れ。
 しゃくしゃくとかきまわしながら、用意の茹でインゲンと、ニンジンの甘煮を投入… 

「おはようございまーす!」
「おはよう~」

「おはようさん」
「はよー!」

「おはようございぁーっす!
 うちの先生ほか、アシさん含め、漫画勢は全員ダメです!
 起きられませんー! オニギリにしたげて下さいー!」

「了解でーす。…十一人、いる?」
「十人ですw」

「アタシは炒り卵と~。ご飯大盛で。シャケのバターソテーも小さいやつ食べたいでーす♡」
「はーい少々お待ちをー!」

 先生原作の長編小説を漫画にしている女所帯は現在合計三グループも同居しているので、常駐するメインアシさんだけでも、なかなかの大集団で。
 ほぼ毎月末ごとに泊まり込みで進捗状況を見張りにくる各社の編集さん達と、
 締め切り前だけ遠距離通勤で参加してくる派遣?のアシスタントさんまでふくめると、
 総勢…三十数人。

 そのほかの寮住みスタッフと、通いだが食事希望の社員を合わせると、
 総計…約五十人?

 独身女が、集団で。

「基本、朝ごはんは七時で~。なるべく全員そろって~。」

 …というのが。

 先生が、同居に当たって出した条件のうちの一つだった。

 おかげで、朝・昼食担当の住み込み調理員、わたくし佐藤和子(さとう・かずこ)は。
 毎朝、てんてこ舞いですのよ…☆

(…いえ、もちろん、仕事は楽しいですが…!)





〇三・ 清掃員:円藤美奈和(えんどう・みなわ)の業務。


「おはようございます。…あの、…いつもと同じでいいです…。」
「…はい。ベーコンかりかり卵三つサニーサイドエッグ。少々お待ちを~ ♡ 」

「…好きなもの頼んでいーんだよ…?」
 いつものように、先生が、ちょっと困った笑顔で、『選べるメニュー表』を指し示す。

「ベーコン、好きなんで… ここの、美味しいんで… 高いやつ頼んですいません…?」
「…いや、そーじゃなくて。ね~…?」

 …ふつう使用人というのは、御主人サマとは一緒の食卓にはつかないだろうと思う。
 清掃員という仕事は、使用人層の中でも、一番下っぱの汚れ仕事ってやつだと思う。

 でも何故か、あたしは先生というレッキとした雇い主サマや。
 雇用主側の。

 …側近というか、重役というか?
 …難しそうな、ハイスペックな?

 高給取り(たぶん)の、役職業務を担当している、偉い?人たちと…。

 一緒に。
 朝食を食べるハメになってる…。

 へたすると、昼食も夕食も、夜食まで…(超豪華・高級メニューで!)

 一緒だったりする。

 …いいのかなぁ? と。
 最初の頃は、落ちつかなかった。

 でも、ご飯が美味しい。

 部屋で自炊するより、(ここからじゃ遠くてそもそも不可能だけど)
 コンビニ弁当やスーパーの閉店前の半額弁当を、買いに走るより…、

 安くて、
 …美味しい!

 人間、ラクには、流される。

 今ではすっかり『食堂で、みんなと一緒のご飯!』が。
 あたしの、『普通』になってる。

 …美絵にも、食べさせてあげたかったな…。

 こんなふうに。
 …大家族で。

 温かい、美味しいご飯を…。

 …と、時々思う。

 美絵というのは、あたしの娘だ。
 先生にはとても可愛がってもらった。
 今はアパート借りて大学に行っていて、就職活動をしている。
 そんな風に美絵を立派に育てられるなんて、ぜんぜん思ってなかった。
 これもみんな、先生と出会えたおかげだ。


     *


 先生が、そうじ係を募集していた。

 まだ、デビューしてそんなに経ってない。
 郊外に、古い一軒家を借りたばかりの頃だ。


『 清掃員、募集。

  電気掃除機も合成洗剤も使わずに、
  一軒家と庭をまるごと掃除できる、
  綺麗好きのかた。

  女性限定。完全禁煙。子連れ通勤可。

 (住み込み応談) 』


 そんな張り紙が。

 母子家庭の公設避難寮の伝言板と。
 そのすぐ向かいの自然食八百屋の店先に。

 そぉっと、貼られてた。

 あたしはDV夫から逃げてきた、ばかりで。
 重度アトピーの、泣いてばかりいる、
 まだ小さい美絵を、預ける先も見つからなくて。

 仕事探しも出来なくて。

 でも生活保護の担当官からは毎日毎日、「働け!働け!」って、
 …怒られてて。

 毎日いつも、かさかさで赤むけした皮膚を痛がって泣く、
 美絵と一緒に。
 めそめそと、哭いてばかりいた。

『 掃除機も 合成洗剤も 使わずに 』

 …掃除…?

 …出来る。よ…!

 だって美絵のアトピーに良くないって保健所で習ったからね!
 がんばって…
 覚えたんだよ!

 住所を母子寮の管理人さんに教えてもらうと、寮から歩いて通える距離だった。
 さっそく、飛んでいって応募した。
 面接、即『試験採用で。』ってハナシになった。

…『綺麗好き』ってところは。
 イマイチ、先生の要求レベルには合ってなかったらしくて…
 最初の頃は。

「…扉の上の埃も、ちゃんと拭いておいて下さいね?」
とか、
「視力の弱い私に代わって、きちんと掃除してほしいから、ひとを頼んでるんですよ?」
とか。
 ちょくちょく、叱られてしまったけれども…。

 そうやって、先生に注意されたポイントを。
 母子寮の、自分たちの部屋でも、きちんと掃除。
 してみたら…

 美絵が!
 美絵の… アトピーと、喘息が…!

 目に見えて、ぐんぐん軽くなってった。
 …そうか!

 ごめんね。
 今までの掃除。
 まだ、雑だったんだね~~~ッ!!!???

 泣き笑いしながら、美枝を連れていって先生に報告したら、一緒に喜んでくれた。


     *


 それから。

 初対面の編集の人が、こっそり吸ってった煙草の臭いの追い出しかたとか。
 嫌がらせで壁に書かれた赤ペンキの血みたいな染みの、安全な消し方とか。

 こっちから、教えてあげられることも多くて。
 だんだん、仲良くなって…。

 美絵を連れて、先生の買った(コットウ的に古い)木造洋館の離れというか、母屋とつながっている車庫部分の二階?に作りつけられた、昔ながらの『使用人部屋』(と言うらしい)の、小さな部屋に。もちろん、美枝を連れて、一緒に…だ!

 住み込みで、働かせてもらえるようになった。

 そこから、空き時間には他のパートに出たり。
 先生の事務を手伝って、バイト料を貰ったり。

 がんばって、稼いで、お金を貯めて…。

(その頃は、先生のご飯も時々あたしが作ってた。
 ご飯の評価は、かなり、イマイチだったけど…。)

 美絵はそこから小学校に通った。
 中学も、高校にも通った。
 美絵が大学に行くって言って、親元を離れることが本気まりになった…
 頃に。

 先生は、このビルを…

 どかん!と、おっ建てた。

「…これからは、この寮に一緒に住んで。
 共用部分全体の掃除をお願いします… 大変だと思うけど。」

 そう言って、笑った。


     *


 毎日の掃除は、週五回。
 共有部分の各階の廊下とトイレと、玄関まわりと。

 あとは天気と季節に合わせて仕事の内容は変わるからと、
 あたしの勤務は完全フレックスタイム(自己申告制)ってやつになったけど。

 週五日、午前十時から十一時の間だけは。
、基本、食堂担当の「代理」を務める。

 和子さんの、ブランチ休憩だからだ。

 だいたい、そんな時間を狙ってやってくるのは、
 マンガ家の先生たちと、そのアシスタントの皆さんだ。

 こっそり和子さんが苦手なせいらしい。

 …だって、熱いものは熱いうちに食べて!
 とか?

 箸はきちんと持ちなさい。
 とか、
 スマホ見ながら食べないで!
 …とか?

 食べかたを、厳しく見張ってる感じが…
 するからね?

 せっかくの炊き立てご飯を!と。

 和子さんが(最初のころは)ぷりぷり怒りながら握ってたオニギリの山を。
 好きな時に、好きなだけ、盗って食べて。

 オカズは、好き嫌いして…
 かじりかけで、半分以上、残してあったり…
 して。

(さすがに、生ゴミ入れに捨てられていた時は、戻ってきた和子さんがブチ切れた…

「食べ残しは綺麗によけて、ラップかけて冷蔵庫に入れろ!
 出来ないやつは今すぐ出て行け!」って。

 真っ赤に怒って、泣きながら怒鳴りつける…

 大騒ぎになって。

 先生が、全面的に和子さんの味方をしたんで。
 漫画家さんたちは、みんな恐縮して…、

 ちゃんとする。って約束して、一件落着になった…)

 …の。

 それでもやっぱり、忙しくて、寝不足だと、乱雑に食べ散らかして。
 お皿も自分で洗わないで、シンクやテーブルに乱雑に放っていったりするのを、

 慌てて、片づけて。

 和子さんが戻って来るまえに。
 一見、こぎれいにしておく…

 …のが、もっぱらのあたしの、『追加』業務だ…。(苦笑)。


     *


 あとは。

 通称『 パペ寮 』とか『パペルの塔』とか呼ばれてる。

 この、お城の。

(あたしにとってはお城だ。)

(※ 名前の由来は、先生たちが「紙」に色々と書いたり描いたりして稼いで建てた、『紙のお城』だからだそうだ。…パペルって『ペーパー』のスペイン語?の読みかたらしい…。)

 上から下まで、毎日綺麗に。
 はたいて掃いて、拭いて磨いて。
 毎日だいたい同じ繰り返しだけど。

 季節に合わせて、曜日を決めて。
 天気を観ながら、所々を。
 順番に『部分大掃除』して。

 秋の終わりの『雪仕度』の時期と、年末と、
 春の始めの雪解け直後の忙しさが、終わった頃、には。

 みんなが手伝ってくれるから、仕事を割り振りして。
 人数分の道具を、たくさん用意して。

「あたしが一番偉い!」の
『総指揮官の日!』になって…、

 先生本人まで、アゴで使って。
 大・大・大掃除…!
 して。

 終わったら、和子さん担当聖域の、大食堂で…

 大・宴会だ… ♡

 …それが、最大の、楽しみで。

 生きてる…。

 …毎日、楽しいよ…!





〇四・ 漫画家・宝剣 聖鉈(ほうけん・せいな)の本音。


 いや最初に聞いた時にもう「基本それ無理!」って思いましたわ。

 朝七時に、毎朝?
 全員そろって、朝食…?

 …あんたそれ本気で漫画家に言ってますかウマシカ先生?って、
 目が点。

 だって、寝るのが朝の五時過ぎとか…、
 ザラだよ?
 締め切り前には、ごはん食べに?
 わざわざ、ほかの部屋に…移動する?

 とかの、時間的なロスも…惜しいよ?

 …片手で、食べられて!
 味なんか、どうでもいいから!
 この締切を!(とっくに期限が過ぎてるけど)
 最期まで闘えるだけの!
 チカラをわたしに頂戴!

 …ってな場合。
 スポドリと栄養ゼリーとカロカロメイトで…
 いいっしょ?!

「揃って毎朝ご飯!」

 …って…

 なにソレ!??


     *


 …でも一応「なるべく」って… 条件で。

 ソレ一応呑まないと入居だめ!って言うし。
 まぁ一応「うん」と言いましたよハイはい。

 シメキリ守れるかー?って、編集の質問に、
 対応するのと、同じ扱いで… です。
 はい。

 …だって家賃が! 格安だし!

 コピー機とかで電気ガンガン使っても、
 自家発電機の発酵メタンガスの?堆肥の対比が?どーのこーので?

 光熱費も、自給自足でコストが格安だから、
 家賃にコミでいいよって…
 言うし!

 自分の部屋と、仕事部屋と、フロアが一緒で!
 廊下を渡ればもう部屋! すぐ仕事場!
 雨でも雪でも快適!

 アシのみんなが全員余裕で手足伸ばして横になって寝られる…
 超でっかい…雑魚寝部屋!

 二段ベッドに、毛布とシーツも?完備で!
 掃除と!
 …共用寝具の、洗濯まで…?!!!!

 …してくれる、専門の家政婦の人?
 まで、常駐するって…

 言うし…!!!!!

 …釣られるでしょ? そりゃもう。


     *


 まぁ期待したほどは、うましかセンセー本人と、
 会う機会はそんなにないんですけどね?

(まぁそりゃ滅多にあたしが朝食時間に行かないんだから… 自業自得か!w)

 絵コンテ切るのに煮詰まった時とかに。

「センセーこの時のコイツの科白。この真意はいかに…!?」 とか。
「これここのこやつの怪しい動き。
 こっそり内緒の、のちのちのための… 伏線だったり…、しますか…?」
 とか。

 夜中に突撃取材で?
 ペントハウスの先生自室をじかに訪問しちゃえるのは…
 ちょー便利♪

(いや一応ウマシカ先生御本人サマが原稿中でないことは、確認してからですよ。もちろん?)


     *


 食堂のおばちゃ…、
 おねーさまは…、

 ちょっくら恐いけど。

 ご飯は…

 文句なしに、美味しいし!

 経理だの税務だの各種支払いの振り込み請求だの、
 原稿料だの印税だのの入金確認と受領証の発行だの、だの…
 雑務のすべては?

 『本社』の経理専門の部署が…、
 まとめて代行してくれるし…!

 毎日『原稿だけ』に集中できて…、

 休みは、すぐ近くで、ほんっものの!

 大自然が満喫できてー!

 …最高!♡





〇五・ 管理人・置田多恵子(おきた・たえこ)の観察。


 歳はそこそこ行っているとはいえ、途中入社早々の新人が、出社当日即・いきなり、社運をかけた新設『パペルの塔』の、周辺施設もすべて含めた総括管理責任者という重職に配置されたのは、きっと『名前で選ばれた』んだね?
 とは、多くのかたからも御指摘を頂いております。

『敷地内諸施設安全管理運用責任者』というのが正式な肩書のはずですが。

 たしかに、社長がいつも、とても嬉しそうな顔で

「オキタ館長~!」…と呼んで下さいますので…

 この名字は、採用と配置先の選択において重要なポイントだったのかなとは思います。

 漢字は違っておりまして、置田多恵子(おきた・たえこ)と申します。
『パペル塔』一階正面玄関脇の管理人室主任総括席に常駐しております。

 白色灯の老朽化点滅時や水道栓のポタ漏れや凍結、ガス漏れ疑いや痴漢や泥棒の侵入時など、諸々の御用の際には、最寄りのインカムから遠慮なくお呼びつけ下さい。

 より正確には、館長ではなく『管理人さん』と。
 普通に呼んで頂ければというのが、唯一個人的な希望でございます。


     *


 最初はきちんと毎朝〇七時ちょうどの五分前までには食堂に入室完了し末座に着席して待つようにしておりました。
 しかしこれは失敗でしたね。
 調理員の和子さんを慌てさせたり恐縮させたりしますので。

 次には〇七時の五分後ちょうどを狙って入室するようにしてみたところ、今度は、ほぼ同じタイミングで美味賜香子社長を始めとして他の主だった重職スタッフの皆さんが次々に座って、それぞれが好みの主菜の注文を勝手に繰り出すので、やはり和子さんの仕事が立て込んでしまう時間帯に当たり、非常に大変そうで申しわけありませんでした。

 そこで朝の館内見回り業務を一カ所先に片づけることにして、〇七時十五分を自分なりの定刻と定めましたところ、初日こそ美味賜社長に「あれ?」という顔をされた他は何の問題もなく。
 その後はその定時を原則きちんと守るようにしております。

 ご飯はとても美味しいですね。おかわりも自由なところが良いです。


     *


 さて時間を少しずらして朝食を摂るようにしたところ、ひとつ気がついたことが。

 美味賜社長は毎朝〇七時一〇分ころから食べ始める習慣のようですが、基本がかなりゆっくり食べる人で、さらに、食べ終わった後もかなり長い間、食堂から動かない。

 まれに漫画家スタッフ一同が何故か〇七時台に勢ぞろいするという珍事が発生することがあって、おもに徹夜明けで原稿を編集者に渡した直後、という事例らしいですが、そうすると、想定外事態なため大食堂の普段使いの卓だけでは、席が足りなくなります。

 気がつくと、そういう場合、美味賜社長はカウンター席のいちばん左側の隅っこという社長とは思えない末座の定位置から素早く離れて。
 廊下との境目にある軽食談話スペースの丸椅子に、さりげなく移動をするわけです。

 すぐ向かいの事務室エリアに入れば御自分専用の整えられた執務ブースと大きな接客ソファがあるし、あるいは上階の専用私室であるペントハウスに戻ったほうが、食後の一服という意味ではくつろいで過ごせるでしょう。

 でも、食堂の隅がお好きなようなんですね。

 食事が一通り終わった後でも、お茶を淹れてもらったり、デザートをおかわりしたりしながら、かなり遅れて来るスタッフが〇七時五〇分頃から慌てて食べ始めるのに寄り添って座り直して声をかけたりして過ごし、だいたいいつも〇八時一五分過ぎくらいまでは、食堂にいらっしゃいます。

 なるべく、入寮者全員の顔を見て挨拶できるまで待つ、というお考えではないかと思います。

 普段あまり管理職とか社長という肩書が似合う人のようには思えませんが。
 できるところで、そうやって全体の空気とスタッフ各個人を観ている。

 そういう、感じがしますね。

 今朝もいつもの『校閲&社史編纂室』長が、毎度の徹夜明けらしい真っ赤な眼をしてよろよろと自室から這い出していらっしゃるまで、〇八時三〇分過ぎ頃まで、食卓の隅で、のんびりと待ち構えていらっしゃいました。

 お二人はとても仲がよろしくていらっしゃるようですが。

 どうも、仕事の内容からなのか、生活時間帯が、完全にずれていて。
 なかなか直接に顔を合わせる機会がなく。
 同じ寮内に棲みながら、普段はメールでのやりとりが主になってしまっている、というお話を社長から伺ったことがあります。

 それもあって、いつもお待ちになっているのかもしれませんね。


     *


 遵守せずとも怒られるわけではありませんが、基本のルールとしてはマルナナ…午前七時から八時までが、寮内在住スタッフの朝食時間、午前八時から九時までが通勤組で食事希望の社員の食事時間、と一応区分けされております。

 午前九時には一旦『全社朝礼放送』が流され、食堂が簡単な朝礼の場となって、情報伝達と打ち合わせなども続けてこの場所で行われます。
 食事をとりながら耳だけ参加している者も案外多いようです。

 そのあとも午前十時までに来れば和子さんお手製の主菜をオーダーして作り立てを出してもらうことが出来ます。

 昼食時間は住所の区分なく午前十一時から十三時まで。
 その後十四時からがホットドッグや作り置き冷凍総菜などを使った簡単な軽食のみの『ハイヌーン・タイム』となっており、十五時が和子さんの退勤時刻になります。

 交代で、こちらは日替わりの『夕夜食スタッフ』が敷地内併設レストランから派遣されて十四時五十分までに出勤して参ります。和子さんと簡単な在庫管理などの引継ぎと打ち合わせの後、十五時からが手作りジェラートや焼き立てホットケーキなどが食べられる『本格アフタヌーン・ティータイム』となります。

 和子さんはこの時間帯に御自分の昼食を採られますね。
 よく注文しているのが『フランス風ソバ粉のガレット』の『何とか風』です。
 一度ご相伴に与かりましたが、大変美味でした。
 あいにくフランス語の料理名が憶えられなかったため自分では注文できないのが、目下唯一の不満事項です。