俺が行く?
まさか倉瀬さんが直々に私を叱りに来るとでも?
に、逃げたい…。

どうしよう、どうしよう、と思っているだけで、奈々の体はその場から動くことができない。

地下鉄のひと駅は近い。
そのことを改めて、感じた。
電話が切られてから十分も経たないうちに倉瀬が現れたからだ。

ここは先手必勝、先に謝っておくのが正解だ。
そう思って奈々は早口で言う。

「あの。すみませんでした。何か私、ミスしちゃったんですよね?会社に戻った方がいいでしょうか?」

「奈々。何で泣いてた?」

頭を下げた奈々に思いもかけない言葉が降ってきて、忘れかけていた感情が波のように押し寄せてくる感覚に陥いる。
なぜそのことを倉瀬が知っているのか、奈々は胸を押さえた。

「お前が泣きながら会社を出ていく姿を見かけたんだが。」

何も言わない奈々に、倉瀬は鋭い視線を向ける。
奈々は頭が真っ白になった。