帰り道。雨はすっかり止み、東京の片隅、星がかすかに見えた。

 ふたりは並んで歩く。加波子は二歩後ろではなく、亮と並んで歩く。加波子の手には、あの白い紙袋。

 ふたりは話す。

 ネックレスの礼。髪とコートは乾いたかどうか。買ったケーキはどんなものだったのか。雨女か雨男か。コーヒーの味。工場の社長の面白話。お互いの今日1日の出来事。仕事の話。好きな食べ物。好きなもの。好きなこと。

 どれもたわいもない話。

 『よくわからないから』と、先輩に付き合ってもらい、お店に行ってネックレスを買った時の亮の話。一目惚れしたコートの値札を見てびっくりし、奮発してコートを買った時の加波子の話。

 亮は加波子を『子供だ』と何度もからかい、加波子は亮の声と話し方を胸に刻んだ。

 雨上がり、濡れた歩道。街灯がスポットライトのようだった。

 会話は続く。

 ふたりは笑う。笑い合う。これまでのふたりの空気が嘘のように。無邪気な笑顔が咲いた、クリスマス・イヴ。

 あっという間の帰り道。ゆっくり歩いていたはずなのに。加波子のアパートに着く。

「送っていただいて、ありがとうございました。」

 丁寧に頭を下げる加波子。すると亮は言う。

「俺に頭なんて下げるな。俺は偉くもなんともねぇよ。それにその話し方。すげー堅苦しい。」
「あ…。」
「それから俺は、『亮』だ。」

 『亮』。下の名前。亮にまた一歩近づけたと思った加波子。言いたいことと一緒に言ってみる。

「はい…。あの、亮…さん。」
「なんだ?」

 素直になれない加波子。寒さでも怖さでもない震えが始まる。どきどきする胸の震え。その震えに気づく亮。

「…やっぱり、俺が怖いか。」
「いえ…。」
「じゃあ何だ。」

 言いたいことを引き延ばしてしまう加波子。

「また、会えますよね…?」
「ああ。で、何なんだ?何かあるのか?」

 うつむく加波子。勇気を出す。

「もう一度、キスしてもらえませんか?」

 本当に言いたかったこと、してもらいたかったこと。別れ際、アパートの下。この時の加波子は少し贅沢になっていた。

 まさか加波子の口からそんな言葉が出てくるとは思いもしなかった亮。驚いたが、加波子と加波子の気持ちを想い、それに応えたい。心からそう思った。

 亮はポケットから左手をゆっくり出し、加波子の頬に触れる。加波子はその亮の左手に自分の右手を重ねる。ふたりはしばらく見つめ合い、亮は加波子にゆっくり顔を近づけキスをする。さっきより少し長いキス。さっきと同じやさしいキス。照れくさいふたり。

「…風邪ひくなよ。」
「はい、おやすみなさい…。」

 帰っていっく亮。亮の姿がどんどん小さくなる。さっきまで一緒にいた亮。さっきキスをしてくれた亮。アパートの下、その亮の後ろ姿を、加波子は見えなくなるまでずっと見ていた。

 ぽーっとしながら階段を上り、部屋に入る加波子。電気をつけ荷物を床に置く。白い紙袋をテーブルの上に置き、その前に座る。マフラーも取らずコートも着たまま。

 甘いため息がこぼれる。眩しいくらい真っ白な紙袋に話し掛ける。

「まだ、歩いてる途中かな…。次、いつ会えるかな…。今日、眠れるかな…。」

 月と星が加波子に輝き始めたクリスマス・イヴ。