婦人科のナースステーション。ある看護師が婦長に言う。加波子にいつもよくしてくれている看護師だ。

「婦長。あのふたりに…井川さんたちに、私たちがしてあげられること、何かないでしょうか。だって、相手の男性の人って…。」
「偏見も患者さんへの深入りもよくありませんよ。」
「そうですよね…、失礼しました。」
「でもね、考えてることがあるの。」

 ちょうど加波子が亮の病室にいる時、工場を代表して航が見舞いに来た。

「おお、亮!大丈夫か、心配したぞ!」
「ご心配、ご迷惑、お掛けしました。」

 亮は頭を下げる。航は加波子に気づく。加波子は会釈する。加波子を見て航は言う。

「あんたも元気そうで…。ほんとによかったよ…。ああ、そうだ。」

 航はショルダーバッグから1枚の白いタオル出す。加波子はすぐ気づいた。

「あ…。」
「…あの時、あそこに落ちてたやつだ。…あんたのだろ?これのそばに落ちてたのも…。」
「それ…。」
「オレが拾って帰ったんだ。誰にも見つからなくてよかったよ。もし見つかってたら…今頃あんたがどうなってたか…。」

 加波子はうなだれ、目をぎゅっと閉じた。懺悔のため息をつく。航に謝罪する。深々と頭を下げて。

「すみませんでした…。」

 航は亮と同じくらい、加波子のことも心配していた。加波子の懺悔を聞き遂げた後。

「…それで亮、仕事にはいつ復帰できるんだ?オレから社長に連絡しとくから。」

 黙る亮。少しだけ目を伏せる。

「なんだよ、亮。どうしたんだよ。」
「先輩、俺はもう工場には戻りません。」
「なんでだよ。」
「もうこれ以上、迷惑はかけられません。」
「何言ってんだよ!いいんだよ、今まで通りいりゃあいいんだよ!」

 亮の目は変わらなかった。その変わらない目で亮は加波子を見る。

「こいつと、どこかふたりでやっていきます。」

 加波子にとっても航は大切な存在だった。亮と航の会話は加波子の心を痛ませた。

「…何なんだよ…いつもお前らは…。心配ばっかりかけやがって…。」

 航も黙り込む。

「…ああ、そうだ!オレの叔父さんが山形で牧場を経営してんだ。よかったら、そこ行かないか?すぐ連絡する!」

 やはり亮の目は変わらない。

「気持ちだけで、充分です。」
「お前なぁ!」
「先輩。今まで、本当にありがとうございました。」

 亮は頭を下げる。加波子も頭を下げる。

 亮と航は一番仲が良かった。一番近い存在だった。それをお互いわかっていた。航は、何もしてやれない悔しさと、離れてしまう寂しさが涙になって出る。

「お前らは勝手だな…いつもよ…。何なんだよ…ふざけんなよ…。」

 航の目は涙で潤み、やりきれない顔をした。

「…でも…お前らがそう決めたんなら…。」

 それでも悔しい航。

「でも忘れんなよ!オレはお前らの味方だからな!何があっても絶対に!絶対に…忘れんな…。」
「…はい、ありがとうございます…。」

 亮がそう言うと航は、それはとても寂しそうに病室を去っていった。

「亮…?改めて、工場に挨拶に行こうね。ふたりで…。」
「ああ…。」

 亮は何も言わず加波子の手を握った。加波子はその亮の手から寂しさを感じた。その寂しそうな亮の手を、加波子も何も言わずやさしく包んだ。