夜。消灯時間が過ぎ、薄暗い病室。

 加波子はベッドの上で手帳を持つ。そして写真を出す。先日もらったお腹を超音波で撮った写真。それを見ながら加波子は考えていた。もし明日亮に会えたら、自分の体のことを話そうと。写真を手帳にはさみ、枕元に置いて眠りにつく。

 夜が明ける。加波子は頑張って食事を摂る。午後になり、婦長が微笑みながら病室に入ってきた。その時が来たと、加波子は思った。

 加波子に不安などなかった。一択だった。加波子は手帳を持ち、ブランケットで腕を巻き、外科病棟まで婦長と歩く。永井に礼をし亮の病室に入る。

「亮?」
「来たか。」
「うん。」

 ふたりとも嬉しくてたまらない。笑みが溢れて止まない。加波子は昨日と同じ、椅子に座り、亮の手を両手で包む。そして同じく聞く。

「痛い?」
「いや、大丈夫だ。」
「食事、食べてる?」
「食べてるよ。お前はどうなんだ?」
「うん、食べてる。」

 ふたりは微笑み、見つめ合う。

 加波子はゆっくり深呼吸をする。そして改めて亮を見る。その時が来た。

「ねえ、亮?聞いて?」
「なんだよ、改まって。」

 加波子は亮の瞳を見て、ゆっくり告げる。

「私ね、妊娠してるんだって。今、3ヶ月だって。」

 亮は目を見張る。加波子はゆっくり続ける。

「だから…、どこかふたりで…。」

 加波子の声が徐々に震えてくる。

「ひっそり…、暮らさない…?」

 それこそひっそりした声だった。加波子は目に涙を浮かべていた。その加波子を見る亮の目にも涙が浮かぶ。亮は目をそらす。加波子は亮の手をきつく握る。その握った手を加波子は見て言う。

「もう亮と離れるのは嫌…!亮のいない人生なんて考えられない!」

 加波子からも、目をそらした亮からも、大粒の涙がいくつもこぼれ落ちる。すると亮は言う。

「お前…強くなったな…。」

 加波子は下を向いたまま首を横に振る。

「…強く…なったよ…。」

 加波子はまた首を振る。

「もし…強くなれたのなら…それは亮のおかげ…。」

 加波子は亮を見る。

「亮が私を強くさせたの…。」

 亮は加波子から目をそらしたまま、大粒の涙を流している。加波子は亮を見つめる。やさしい眼差しで。

「…亮…?」
「ふたりじゃないだろ…。」
「え…?」
「三人だろ…。」
「…あ…。」

 加波子は自分のお腹を見て少し笑う。

「そうだね…、三人だね…。」

 それを聞いた亮が言う。

「苦労、掛けるが…。」

 亮は、そらしていた目を加波子の瞳に向ける。

「ついてきてくれるか…?」

 加波子は涙を浮かべた満面の笑みで答える。

「はい…。」

 亮の目からはまた新しい一粒の涙がこぼれた。加波子は立ち上がり、亮を抱きしめる。亮も加波子を抱きしめる。ふたりの気持ちが重なり合い、ひとつになる。

「…ありがとう…加波子…あり…。」

 亮は今まで流したことのない歓喜の涙を、声を出して流した。加波子は亮を包む。精一杯の愛情で。

「ありがとう…亮…。」

 お互い感謝の想いが込み上げいっぱいになる。その想いが三人をやさしく包んだ。ふたりは見つめ合い、おでことおでこをコツンとつけ、笑い合う。目を涙で輝かせながら。涙が止まらない。喜びも止まらない。

 ふたりともひとしきり泣いた後、加波子は椅子に戻る。そして気づく。立ち上がった時に、膝に置いていた手帳が床に落ちていた。加波子は慌てて拾う。

「あ!」
「どうした。」
「亮に、見せたいものがあるの。」
「?なんだよ?」

 加波子は手帳をベッドに置き、写真を出し、亮に差し出す。

「お腹を超音波で撮った写真。この白い部分が、赤ちゃんだって。」

 亮は写真を手に取り、再び目を見張る。

「今、15ミリだって。…私の知らない間に、成長してくれてたんだね…。」

 ふたりともまた涙が滲む。写真を見ながら亮は言う。

「これ…もらっていいか?」
「え?いいけど…。」
「お守りにする。」
「お守り?」
「これでもう、寂しくない。」

 その言葉を聞いた加波子はしみじみ思った。亮はやっぱり、きっとずっと寂しい思いをしてきたのだろうと。

 三人は初めて重なった。